興福寺解脱上人忌・例年旧暦の2月3日(作善講問)

興福寺解脱上人忌(日程・アクセス・概要)

興福寺解脱上人忌(日程時間など)を紹介しています。解脱上人忌は例年旧暦の2月3日に行われます。(日程は変動します。)解脱上人忌では鎌倉時代初期に興福寺の教学(唯識)を再興・発展させた解脱上人・貞慶の学徳を正忌日に追孝する作善講問(論義法要)です。解脱上人忌は本坊・持仏堂(大圓堂)で行われます。(詳細下記参照)

【興福寺解脱上人忌 日程時間(要確認)】
興福寺解脱上人忌は例年旧暦の2月3日に行われます。(日程は変動します。)
*参考・・・興福寺ホームページ

【興福寺解脱上人忌 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市登大路町48
最寄り駅・バス停・・・近鉄奈良駅(徒歩約7分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

*JR奈良駅から市内循環バスの場合、県庁前(徒歩すぐ)
路線・時刻表・運賃チェック

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【興福寺解脱上人忌 歴史・簡単概要】
興福寺解脱上人忌(げだつしょうにんき)は例年旧暦の2月3日に行われています。旧暦の2月3日を新暦に合わせて行う為、日程は変動します。(法要は非公開)
解脱上人忌では鎌倉時代(1185年~1333年)初期に興福寺の教学(唯識)を再興・発展させた解脱上人(げだつしょうにん)・貞慶(じょうけい)の学徳を正忌日に追孝する作善講問(論義法要)です。解脱上人忌は本坊・持仏堂(大圓堂)で行われます。

●解脱上人・貞慶は1155年(久寿2年)6月22日に藤原貞憲の子として生まれました。祖父は藤原南家の藤原通憲(信西)になります。祖父は1156年(保元元年)の保元の乱で権勢を得たが、1160年(平治元年)の平治の乱で自害し、父は土佐に配流された為、1162年(応保2年)に興福寺に入寺し、その後11歳で出家し、叔父・覚憲に師事して法相・律などを学びました。1186年(文治2年)から維摩会・最勝会の講師になったが、1192年(建久3年)に仏教界の堕落に憤って笠置寺に隠遁し、弥勒信仰を深め、戒律の再興を図りました。また笠置寺の伽藍も整備しました。1208年(承元2年)に海住山寺に移り、観音信仰にも関心を寄せました。貞慶は釈迦如来・弥勒菩薩・観音菩薩を深く信仰し、戒律の再興に努め、法相教学の確立に尽力し、朝廷から篤く信任され、由緒ある寺院・神社の復興に貢献しました。貞慶は「唯識論同学鈔」・「法相心要鈔」・「愚迷発心集」などを記しました。貞慶は1186年(文治2年)に法然・重源らによって行われた京都大原・勝林院での大原問答に出席し、1205年(元久2年)に「興福寺奏状」を朝廷に起草し、法然の専修念仏を批判して停止を求めました。なお解脱上人・貞慶は1213年(建暦3年)2月24日に亡くなりました。勅諡号は解脱上人で、笠置寺上人(笠置上人)とも言われました。
●本坊は境内東側に建立されてるが、一般に非公開です。持仏堂(大圓堂)は明治時代(1868年~1912年)に建立され、本尊・聖観音立像(重要文化財)を安置しています。聖観音立像は1253年(建長5年)に仏師・快円が造仏しました。聖観音立像は寺伝で聖観音とされているが、像内の納入文書では弥勒菩薩像です。
興福寺見どころ

【興福寺 歴史・簡単概要】
興福寺は669年(天智天皇8年)に藤原氏の始祖・藤原鎌足の妻・鏡大王が夫の病気平癒の祈願の為に藤原鎌足発願の釈迦三尊像や四天王などを安置する山階寺を山背国山階陶原(京都市山科区)に創建したのが起源と言われています。672年(天武天皇元年)の藤原京遷都とともに山階寺も移され、地名から厩坂寺と言われました。その後710年(和銅3年)の平城京遷都とともに藤原鎌足の子・藤原不比等が現在の場所に移し、興福寺と名付けました。720年(養老4年)に藤原不比等が亡くなると造興福寺仏殿司が設けられ、国家事業として伽藍が整備され、奈良時代に四大寺、平安時代に七大寺に数えられ、延暦寺とともに南都北嶺と称されました。最盛期には一乗院・大乗院など塔頭や付属寺院が百か院以上を数えたそうです。また平安時代に春日大社の実権も手に入れ、大和国を領するほどになり、鎌倉時代・室町時代に鎌倉幕府・室町幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任に当たり、江戸時代には興福寺・春日大社の知行地が2万1千余石と定められました。
*参考・・・興福寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【興福寺解脱上人忌 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
興福寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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