本薬師寺跡(アクセス・見どころ・概要・・・)

本薬師寺跡ホテイアオイ

本薬師寺跡

本薬師寺跡(アクセス・見どころ・拝観料金・ご朱印・・・)情報を紹介しています。本薬師寺を創建した天武天皇は舒明天皇と皇極天皇の皇子として生まれ、兄・中大兄皇子(天智天皇)と行動を共にしたが、兄の子・大友皇子(弘文天皇)が成人すると対立しました。兄が崩御すると壬申の乱で大友皇子と戦って勝利し、673年(天武天皇2年)に天皇に即位しました。

【本薬師寺跡 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県橿原市城殿町
最寄り駅・バス停・・・近鉄畝傍御陵前駅(徒歩約9分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
路線・時刻表・運賃チェック

【本薬師寺跡 拝観時間・時間(要確認)】

【本薬師寺跡 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり

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【本薬師寺跡 歴史・簡単概要】
本薬師寺跡(もとやくしじあと)は現在、奈良市西ノ京に建立されている薬師寺(やくしじ)の前身になります。本薬師寺は飛鳥時代後期の680年(天武天皇9年)11月に第40代・天武天皇(てんむてんのう)が皇后・鵜野讃良(うののさらら)の病気平癒を祈願する為、医王如来(いおうにょらい)とも言われる薬師如来(やくしにょらい)を本尊とする寺院を発願し、藤原京(ふじわらきょう)右京八条三坊に創建しました。日本最古の正史「日本書紀」によると百人の僧を得度(出家)させると鵜野讃良の病気が平癒したとも言われています。ただ第40代・天武天皇は完成を見ずに686年(天武天皇15年)に崩御し、皇后・鵜野讃良が第41代・持統天皇(じとうてんのう)に即位して完成させ、688年(持統天皇2年)に無遮大会(むしゃだいえ)が行われたと言われています。本堂である金堂・東塔・西塔が建立されていたが、710年(和銅3年)に第43代・元明天皇(げんめいてんのう)が藤原京から平城京(へいじょうきょう)に遷都させると718年(養老2年)に現在の薬師寺が西ノ京に建立され、本薬師寺(もとやくしじ)と言われるようになりました。ちなみに現在の薬師寺東塔(国宝)にはかつて移建・非移建の論争があったが、西ノ京で新築されたと言われています。本薬師寺は「中右記(ちゅうゆうき)・1087年(寛治元年)~1138年(保延4年)」・「左経記(さけいき)・1016年(長和5年)~1035年(長元8年)」などによると平安時代中期(11世紀初頭)まで存続していたとも言われています。本薬師寺跡には小堂が建てられ、前庭には金堂の礎石や東塔・西塔の土壇と塔の心礎などが残されています。1976年(昭和51年)・1984年(昭和59年)・1990年(平成2年)・1992年(平成4年)・1996年(平成8年)に発掘調査が行われました。なお本薬師寺跡は1952年(昭和27年)3月29日特別史跡に指定されています。
*参考・・・本薬師寺跡(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【本薬師寺跡 見どころ・文化財】
本薬師寺跡の見どころは例年8月下旬頃~9月下旬頃に見ごろを迎えるホテイアオイです。また例年10月の第2月曜日に行われている本薬師寺まつりも見どころです。(要確認)本薬師寺まつりでは法要・護摩焚きが行われます。

【本薬師寺跡 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0744-20-1123(橿原市観光協会)

【本薬師寺跡 おすすめ散策ルート】
本薬師寺跡からは北側にある春日神社・木殿神社を散策するのがおすすめです。ただ近くには観光スポットが少ない為、次の観光スポットに向かうのもいいかもしれません。

【本薬師寺跡 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
奈良世界遺産・薬師寺(アクセス・見どころ・・・)基本情報
駐車場あり。
*参考・・・本薬師寺跡アクセス

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