大蔵寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
大蔵寺
大蔵寺(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。大蔵寺ゆかりの聖徳太子は第31代・用明天皇の第2皇子として生まれ、幼少時から聡明で、仏法を尊んだと言われています。593年(崇峻天皇5年)に叔母で、史上初の女帝である第33代・推古天皇が即位すると皇太子・摂政になって補佐し、冠位十二階・十七条憲法を制定したり、遣隋使を派遣したり、聖徳太子建立七大寺を創建しました。
【大蔵寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県宇陀市大宇陀栗野
最寄り駅・バス停・・・大蔵寺前(徒歩約30分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄大阪線榛原駅から奈良交通・大宇陀行きで大宇陀下車、宇陀市コミュニティバスに乗り換え
路線・時刻表・運賃チェック
【大蔵寺 拝観時間・時間(要確認)】
通常非公開
【大蔵寺 拝観料金・料金(要確認)】
通常非公開
【大蔵寺 歴史・簡単概要】
大蔵寺(おおくらじ)は起源が明確ではありません。大蔵寺は寺伝によると第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の第2皇子・聖徳太子(しょうとくたいし・厩戸皇子(うまやどのみこ))が父・用明天皇の勅願(叡願)によって創建したとも言われています。その後平安時代初期に37歳の真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)が入山し、真言宗最初の道場に定めたとされています。816年(弘仁7年)に弘法大師・空海が第52代・嵯峨天皇(さがてんのう)から勅許によって和歌山・高野山(こうやさん)を賜って開山する前の道場だったことから大蔵寺は「元高野」とも言われています。弘法大師・空海は817年(弘仁8年)にいずれも十大弟子である泰範(たいはん)・実恵(じちえ)らの弟子を派遣して高野山の開創に着手し、818年(弘仁9年)11月に勅許後初めて自ら高野山に登りました。大蔵寺は平安時代前期に第52代・嵯峨天皇が行幸し、勅額「大蔵寺」を賜って勅願寺(ちょくがんじ)になったと言われています。鎌倉時代後期に本堂(重要文化財)・大師堂(重要文化財)が建立されました。その後中世に18ヶ寺の末寺を有し、桃山時代の1601年(慶長6年)に寺領550石を加えられたと言われています。近世にやや衰微したが、山内6坊を有していました。
*参考・・・大蔵寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【大蔵寺 見どころ・文化財】
大蔵寺の見どころはいずれも重要文化財に指定されている本堂・大師堂です。本堂は桁行五間・梁間五間で、寄棟造(よせむねづくり)のこけら葺(こけらぶき)です。大師堂は桁行正面三間・桁行背面二間・梁間二間で、宝形造(ほうぎょうづくり)のこけら葺です。
【大蔵寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0745-82-2457(宇陀市観光サイト)
【大蔵寺 おすすめ散策ルート】
大蔵寺からは東側の伊勢本海道を散策するのがおすすめです。なお大蔵寺は市街地から離れ、周囲に観光スポットがないことから次の観光スポットに向かって、その周辺を散策するのがおすすめです。
【大蔵寺 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車場なし。