高取城跡(アクセス・見どころ・概要・・・)

高取城跡

高取城跡

高取城跡(アクセス・見どころ・拝観料金・ご朱印・・・)情報を紹介しています。高取城(高取城跡)は標高約583メートル・比高約350メートルで、標高約480メートル・比高約340メートルの備中松山城(岡山県)と標高約721メートル・比高約150メートルの美濃岩村城とともに日本三大山城にも数えられ、比高から日本一の山城とも言われています。

【高取城跡 アクセス・地図】
場所・・・奈良県高市郡高取町高取
最寄り駅・バス停・・・壷阪寺前(徒歩約50分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄吉野線・壺阪山駅から奈良交通バス・壷阪寺前行き
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

【高取城跡 拝観時間・時間(要確認)】
自由

【高取城跡 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり
無料

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【高取城跡 歴史・簡単概要】
高取城跡(たかとりじょうあと)・高取山城は南北朝時代の1332年(元弘2年・正慶元年)に大和高市一帯を治める豪族で、南朝方の越智邦澄(おちくにずみ)が標高約583メートルの高取山山頂に築城したのが起源と言われています。高取城は当初立派な櫓や天守がない、自然の地形に多少の工作を加えた掻揚げ城(かきあげじろ)で、越智氏の本城・貝吹山城の支城だったそうです。その後戦国時代に大和郡山城主・筒井順慶(つついじゅんけい)が郡山城の詰の城として本格的に城郭を築き、安土桃山時代には関白・豊臣秀吉の異父弟で、郡山城主・豊臣秀長(とよとみひでなが)が新しい縄張によって築城したと言われています。1873年(明治6年)に廃城になり、入札によって建物の大部分が近隣の寺院などに売却されたが、1887年(明治20年)頃まで天守などの主要建造物は残されていたそうです。しかしその後管理されずに自然倒壊したと言われています。ちなみに二の門は子嶋寺の山門として残っているそうです。なお高取城跡は国の史跡に指定されています。
*参考・・・高取城跡(アクセス・歴史・見どころ・・・)高取城跡(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【高取城跡 見どころ・文化財】
高取城跡の見どころは紅葉です。紅葉は例年11月中旬頃から12月上旬頃に見頃を迎えます。ちなみに紅葉が見頃を迎える時期に高取町ではたかとり城まつりが行われ、火縄銃の実演・時代行列(武者行列)・フリーマーケット・骨董品市などのイベントも行われています。(要確認)

【高取城跡 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0744-52-1150(高取町観光案内所夢創舘)

【高取城跡 おすすめ散策ルート】
高取城跡近くの八幡神社まで散策するのがおすすめです。ただ高取城跡にはあまり観光スポットが多くない為、次の観光スポット周辺をウォーキングするのもいいかもしれません。

【高取城跡 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車場なし。
*参考・・・高取城跡アクセス

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