吉野山アジサイ見ごろ2024(6月中旬~7月上旬頃)
吉野山アジサイ見ごろ(見頃)
吉野山アジサイ見ごろ(時期・イベント・・・)情報を紹介しています。吉野山では下千本の七曲り坂にガクアジサイなど約4,000株のアジサイが植えられ、アジサイと七曲り坂の光景が美しいと言われています。なお吉野山ではアジサイが見ごろを迎える時期にあじさい祭りが行われています。(要確認)(詳細下記参照)
【吉野山アジサイ見ごろ(例年時期)】
吉野山のアジサイ見ごろは例年6月中旬頃から7月上旬頃です。ただアジサイの見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
奈良アジサイ名所・見ごろ
【吉野山アジサイ見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県吉野郡吉野町吉野山
最寄り駅・バス停・・・吉野山駅
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄吉野線・吉野駅から吉野ロープウェイ
路線・時刻表・運賃チェック
【吉野山アジサイ見ごろ(例年時期)・見どころ 簡単概要】
吉野山はあまり知られていないアジサイ(紫陽花)の名所です。吉野山のアジサイ見ごろは例年6月中旬頃から7月上旬頃です。
吉野山では下千本の七曲り坂にガクアジサイ(額紫陽花)など約4,000株のアジサイが植えられ、アジサイと七曲り坂の光景が美しいと言われています。なお吉野山ではアジサイが見ごろを迎える時期にあじさい祭りが行われています。(要確認)
ガクアジサイは太平洋側の房総半島・三浦半島・伊豆半島・伊豆諸島など暖地の海岸に自生し、ハマアジサイとも言われています。ガクアジサイは枝先に装飾花に囲まれて小さな五弁花を多数つけます。ガクアジサイはアジサイの原種とされています。
七曲り坂は吉野山ロープウェイ(吉野山旅客索道)千本口駅右側の急な山道を上ると弊掛神社(しでかけじんじゃ)前に出て、そこから右側に登り始めるとあります。
アジサイ(紫陽花)はアジサイ科の落葉低木またはユキノシタ科の落葉低木です。アジサイは房総半島・三浦半島・伊豆半島・伊豆諸島・足摺岬・南硫黄島・北硫黄島などの海岸に自生するガクアジサイ(額紫陽花)を母種とする園芸品種です。アジサイは樹高が1~2メートルで、葉は先が尖って縁に鋸歯(きょし)がある大きな楕円形また卵形です。花は枝先に青紫色から赤紫色に変わる萼(がく)のある小花が球状に集まって咲きます。ちなみに花は装飾花で、大部分が中性花からなります。アジサイは土壌のペーハーにより、花の色が変わることから七変化・八仙花とも言われ、花言葉には移り気・浮気・無常などがあります。土壌が酸性の場合に青色、土壌が中性・アルカリ性の場合に赤色になります。またアジサイは花に含まれている葉緑素の分解により、開花から日数が経過すると色が徐々に変化します。なおアジサイの名称は藍色が集まったものを意味する集真藍(あづさい)が転訛したものとも言われています。
【吉野山 歴史・簡単概要】
吉野山(よしのやま)は奈良県と三重県の県境にある大台ヶ原(おおだいがはら)を源とし、奈良県の中央部を流れる一級河川・紀の川(きのかわ・吉野川)南岸から大峰山脈に続く約8キロメートルの山稜です。大峰山脈北端にある標高約857.9メートルの青根ヶ峰(あおねがみね)付近から吉野川左岸に至る尾根です。吉野山はいずれも世界遺産で、修験道(しゅげんどう)の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづの)が創建したと言われている金峯山寺(きんぷせんじ)・大峰山寺(おおみねさんじ)に祀られている蔵王権現(ざおうごんげん)の神木が桜とされ、蔵王権現に祈願する際には桜の苗木を寄進することが風習となったこともあり、平安時代頃から桜がたくさん植えられるようになりました。役行者は修行中に感得した蔵王権現を桜の木に自ら刻んでと言われています。ちなみに桃山時代の1594年(文禄3年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が花見を行いました。鎌倉時代初期の1185年(文治元年)に源義経(みなもとのよしつね・牛若丸(うしわかまる))が鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)の討伐を受けて身を隠し、その後岩手県平泉に向かいました。南北朝時代の1336年(建武3年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が三種の神器を持って京都を逃れ、南朝を置きました。なお吉野山にはいずれも世界遺産である金峯山寺・吉水神社(よしみずじんじゃ)・吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)・金峯神社(きんぷじんじゃ)なども建立されています。
*参考・・・吉野山(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【吉野山アジサイ見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
吉野山(アクセス・見どころ・・・)情報