唐招提寺中興忌梵網会2026年5月19日(大悲菩薩覚盛上人)
唐招提寺中興忌梵網会(日程・アクセス・概要)
唐招提寺中興忌梵網会(日程時間など)を紹介しています。中興忌梵網会は例年5月19日に行われます。中興忌梵網会では講堂で大悲菩薩覚盛上人の遺徳を偲ぶ法要が行われます。法要後に舞楽が奉納されます。大悲菩薩覚盛上人は鎌倉時代に戒律復興運動を推進し、鑑真和上が日本に伝えた戒律を厳守する生活を送りました。(詳細下記参照)
【唐招提寺中興忌梵網会2026 日程時間(要確認)】
唐招提寺中興忌梵網会2026は2026年(令和8年)5月19日(火曜日)13:00~14:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・唐招提寺ホームページ
【唐招提寺中興忌梵網会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市五条町13-46
最寄り駅・バス停・・・西ノ京駅(徒歩約5分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
【唐招提寺中興忌梵網会 歴史・簡単概要】
唐招提寺中興忌梵網会(ちゅうこうきぼんもうえ)は鎌倉時代(1185年~1333年)に唐招提寺を再興した中興の祖・大悲菩薩覚盛上人(だいひぼさつかくじょうしょうにん)の命日に行われています。
中興忌梵網会では講堂(国宝)で大悲菩薩覚盛上人の遺徳を偲ぶ法要が行われます。法要後に舞楽(ぶいがく)が奉納されます。大悲菩薩覚盛上人は鎌倉時代に戒律復興運動を推進し、唐(中国)からの渡来僧・鑑真和上(がんじんわじょう)が日本に伝えた戒律を厳守する生活を送りました。なお大悲菩薩覚盛上人は開山堂に祀られています。
中興忌梵網会の同日にはうちわまきも行われます。うちわまきは大悲菩薩覚盛上人の修行中に弟子が蚊を叩こうとした際、大悲菩薩覚盛上人が殺生を戒め、その後大悲菩薩覚盛上人が亡くなると法華寺の尼僧が遺徳を偲んで、ハート型うちわ・宝扇を供えたことに由来します。うちわまきでは病魔退散・魔除け・安産などのご利益があるとも言われるうちわが参拝者に撒かれます。
唐招提寺うちわまき
●大悲菩薩覚盛上人は1194年(建久5年)に大和国(奈良県)に生まれました。興福寺で出家し、常喜院て戒律を学び、1212年(建暦2年)に解脱上人・貞慶が戒律を復興する為の僧の一人に選びました。京都・高山寺の明慧(明恵)に華厳、西大寺の戒如に律を学び、1236年(嘉禎2年)に叡尊・円晴・有厳らとともに東大寺で自誓受戒して戒律を復興しました。仁治年間(1240年~1243年)に四条天皇に菩薩戒を授け、また皇族・公家にも授けました。1243年(寛元元年)に舎利会を創設し、鑑真和上の遺徳顕彰を行い、1244年(寛元2年)に勅によって唐招提寺に入寺して律学の復興に尽力しました。鑑真和上の再来と言われ。多くの弟子も輩出しました。大悲菩薩覚盛上人は「菩薩戒通受遣疑鈔」などを記しました。大悲菩薩覚盛上人は1249年(建長元年)5月19日に56歳で亡くなりました。大悲菩薩覚盛上人の法灯を継いだ証玄が唐招提寺の伽藍を修理し、仏像を造立し、戒壇も創設しました。1330年(元徳2年)8月9日に後醍醐天皇から諡号「大悲菩薩」を賜りました。
●講堂は760年(天平宝字4年)頃に行われた平城宮の改修の際、東朝集殿を移築して建立されたと言われています。講堂は僧侶が習学する場所で、講師・読師が座る論義台が置かれ、本尊・弥勒如来坐像を安置しています。
●舞楽は雅楽の一種です。舞楽は唐楽・高麗楽を伴奏とする舞踊で、唐楽を伴奏とする舞楽は左舞、高麗楽を伴奏とする舞楽は右舞と言われます。なお雅楽は日本古来の音楽・舞に中国など大陸から伝わった音楽・舞が融合し、10世紀頃に完成したと言われています。
唐招提寺見どころ
【唐招提寺 歴史・簡単概要】
唐招提寺は759年(天平宝字3年)に唐の渡来僧・鑑真和上が第40代・天武天皇の第7皇子・新田部親王の宅跡を朝廷から下賜され、戒律を学ぶ修行道場として創建したのが起源です。唐招提寺の名称には唐から来日した鑑真和上の為の寺という意味があるそうです。ちなみに鑑真和上は東大寺で5年、唐招提寺で5年を過ごし、76歳で亡くなったそうです。当初、唐招提寺は新田部親王の旧宅を改造した経蔵や宝蔵、そして講堂などだけだったが、その後8世紀後半に鑑真和上の弟子・如宝が金堂を完成させました。なお唐招提寺は1998年(平成10年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
*参考・・・奈良世界遺産・唐招提寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【唐招提寺中興忌梵網会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
唐招提寺(アクセス・見どころ・・・)情報















