法華寺古代ひな人形展2025/3/(日程時間・・・)
法華寺古代ひな人形展
法華寺古代ひな人形展(日程・・・)を紹介しています。古代ひな人形展は例年3月3日を含む3月上旬頃から中旬頃まで行われています。古代ひな人形展(こだいひなにんぎょうてん)では歴代の門跡(もんぜき)が入寺する際に持参したひな人形や歴代天皇から賜った御所人形(ごしょにんぎょう)など約100点を東書院に展示します。(詳細下記参照)
【法華寺古代ひな人形展2024 日程時間(要確認)】
古代ひな人形展2024は2024年(令和6年)3月1日(金曜日)~14日(木曜日)9:00~16:00に行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・法華寺ホームページ
【法華寺古代ひな人形展 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市法華寺町882
最寄り駅・バス停・・・法華寺(徒歩約3分)
アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バス・西大寺駅航空自衛隊行き
*近鉄大和西大寺駅から奈良交通バス・JR奈良駅行き
路線・時刻表・運賃チェック
【古代ひな人形展 歴史・簡単概要】
法華寺古代ひな人形展(こだいひなにんぎょうてん)では歴代の門跡(もんぜき)が入寺する際に持参したひな人形や歴代天皇から賜った御所人形(ごしょにんぎょう)など約100点を東書院に展示します。法華寺には江戸時代中期頃に第113代・東山天皇から賜った僧人形や1859年(安政6年)に法華寺43世・五十訓(近衛忠熈の息女)が近衛大納言が贈られた雛人形などが保管されているそうです。ちなみに例年4月1日から行われているひな会式(ひなえしき)で、本尊・十一面観音(国宝)の前に可憐な子供の姿をした善財童子像(ぜんざいどうじ)50体余りを祀ることがひな祭りの原型とも言われているそうです。
法華寺は中宮寺(ちゅうぐうじ)・円照寺(えんしょうじ)とともに大和三門跡に数えられました。門跡は皇族や公家が入寺して住職を務める寺院です。尼門跡は皇女や貴族の息女が入寺して住職を務める寺院です。ちなみに尼門跡は正式には比丘尼御所と称し、法華寺は氷室御所とも言われました。
ひな会式は法華寺を創建した聖武天皇の妻・光明皇后(光明子)の遠忌法要です。光明皇后(安宿媛・あすかべひめ)は701年(大宝元年)に藤原不比等(ふじわらのふひと)と県犬養橘三千代(あがたいぬかいたちばなのみちよ)の間に生まれ、729年(天平元年)に非皇族初の皇后(第45代・聖武天皇の妻)になりました。
●法華寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
法華寺歴史
●法華寺の見どころ(本堂・鐘楼など)を紹介しています。
法華寺見どころ
【法華寺 歴史・簡単概要】
法華寺(ほっけじ)は藤原不比等(ふじわらのふひと)の三女で、第45代・聖武天皇の妻・光明皇后(光明子)が父・不比等没後の邸宅を皇后宮とし、その後745年(天平17年)に総国分寺・東大寺(とうだいじ)に対し、皇后宮を総国分尼寺・法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)としたのが起源とも言われています。法華滅罪之寺は法華寺と言われるようになりました。ちなみに光明皇后は皇族以外から初めて天皇の皇后になり、光明皇后が蓮池を歩く姿を写したのが本尊・十一面観音様(国宝)とも言われています。その後平安京遷都とともに徐々に衰退し、1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討にも見舞われたとも言われています。1203年(建仁3年)に東大寺の大仏を再興した僧・俊乗坊重源上人(しゅんじょうぼうちょうげんしょうにん)が伽藍を再建し、鎌倉時代中期に真言律宗の僧・叡尊(えいそん)が復興しました。その後兵火や1596年(慶長元年)の地震により、伽藍の多く失い、1601年(慶長6年)頃に関白・豊臣秀吉の子・秀頼と母・淀殿の寄進によって本堂などが再建されました。なお1999年(平成11年)に真言律宗から離脱し、光明宗を立宗しました。
法華寺は光明宗の寺院です。
*参考・・・法華寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【法華寺古代ひな人形展 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
法華寺(アクセス・見どころ・・・)情報