興福院(アクセス・見どころ・概要・・・)

興福院

興福院(アクセス・見どころ・拝観料金・ご朱印・・・)情報を紹介しています。興福院を創建したとも言われる和気清麻呂は769年(神護景雲3年)に弓削道鏡が皇位を得ようとした宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)の際、宇佐八幡宮の神託によって阻止したが、怒りを買って大隅(鹿児島県)に配流されました。弓削道鏡の失脚後に京都に召し返され、平安京遷都に尽力しました。

【興福院 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市法蓮町881
最寄り駅・バス停・・・佐保小学校(徒歩約5分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良駅から奈良交通バス・自衛隊前行きまたは西大寺行き
路線・時刻表・運賃チェック

【興福院 拝観時間・時間(要確認)】
通常非公開

【興福院 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり
通常非公開

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【興福院 歴史・簡単概要】
興福院(こんぶいん)は起源が明確ではありません。興福院は寺伝によると奈良時代中期の天平勝宝年間(749年~757年)に和気清麻呂(わけのきよまろ)が第45代・聖武天皇(しょうむてんのう)の学問所をこの地に移し、弘文院と称したのが起源とも言われています。また「七大寺日記(しちだいじにっき)・1106年(嘉承元年)」や「七大寺巡礼私記(しちだいじじゅんれいしき)・1140年(保延6年)」によると藤原百川(ふじわらのももかわ)が創建し、興福院と言われていたとも言われています。更に護国寺(ごこくじ)本「諸寺縁起集(しょじえんぎしゅう)」によると奈良時代後期の770年(宝亀元年)に藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の妻・輪立氏の発願によって創建されたとも言われています。その後衰退し、心慶尼・光秀尼が関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)の異父弟で、大和大納言・豊臣秀長(とよとみひでなが)の寄進で再興しました。江戸時代前期の大坂の陣後に再び衰微したが、江戸時代前期に光心尼が江戸幕府3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)が寄進され、本堂・客殿・大門が建立されたと言われています。1665年(寛文5年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)から寺地を寄進され、尼辻町付近から現在の場所に移りました。興福院は徳川家光から江戸幕府14代・徳川家茂(とくがわいえもち)までの位牌を祀っています。
*参考・・・興福院(アクセス・見どころ・・・)wikipedia

【興福院 見どころ・文化財】
興福院の見どころは客殿(重要文化財)・本堂(奈良県指定有形文化財)・霊屋(奈良県指定有形文化財)・大門(奈良県指定有形文化財)です。客殿は江戸時代前期の寛文年間(1661年~1672年)に建立されました。客殿は桁行約13.9メートル・梁間約10.2メートルで、入母屋造の檜皮葺です。

【興福院 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0742-22-2890

【興福院 おすすめ散策ルート】
興福院からは南側の大佛鐵道記念公園などを散策するのがおすすめです。また東側の鴻ノ池もおすすめです。周辺にはあまり観光スポットがないことから次の観光スポットに向かい、その周辺を散策するのもいいかもしれません。

【興福院 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車場不明。

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