如意輪寺(アクセス・見どころ・概要・・・)

如意輪寺

如意輪寺(アクセス・見どころ・拝観料金・ご朱印・・・)情報を紹介しています。如意輪寺には如意輪寺ゆかりの第96代・後醍醐天皇が自ら刻んだとも言われている木像が御霊殿(ごれいでん)に安置されています。なお後醍醐天皇は1336年(建武3年)に吉野に逃れて南朝を開き、1339年(延元4年)に吉野で亡くなりました。

【如意輪寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県吉野郡吉野町吉野山1024
最寄り駅・バス停・・・吉野山駅(徒歩約40分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄吉野線・吉野駅から吉野ロープウェイ

*近鉄吉野線の場合、吉野駅(徒歩約35分)
*4月の観桜期には吉野駅から中千本公園口まで臨時バスが運行される予定です。(要確認)

【如意輪寺 拝観時間・時間(要確認)】
7:00~17:00(4月の観桜期)
9:00~16:00(その他の時期)

【如意輪寺 拝観料金・料金(要確認)】2019年10月から改定の場合あり
大人400円、中高生200円、小学生100円

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【如意輪寺 歴史・簡単概要】
如意輪寺(にょいりんじ)は起源が明確ではありません。如意輪寺は平安時代前期の延喜年間(901年~922年)に文章博士(もんじょうはかせ)・三好善行 (みよしよしゆくき) の弟で、第60代・醍醐天皇の帰依を被った真言密教の僧・日蔵上人(にちぞうしょうにん)が創建したとも言われています。南北朝時代に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇(大覚寺統)が吉野に行宮(あんぐう)を造営した際、勅願所(ちょくがんしょ)になったとも言われています。第96代・後醍醐天皇は吉野で崩御し、本堂の裏山に葬られています。南北朝時代の1346年(正平2年)に楠木正成(くすのきまさしげ)の長男・楠木正行(くすのきまさつら)が四條畷の戦い(しじょうなわてのたたかい)に出陣する際、第96代・後醍醐天皇の御陵・塔尾陵(とうのおのみささぎ)に詣で、鏃(矢じり)で本堂の扉に辞世の歌「かへらじと かねて思へば 梓弓 なき数に入る 名をぞとどむる」を詠んで刻んだと言われています。本堂の扉は現在も残されているそうです。その後徐々に衰退し、江戸時代前期の1650年(慶安3年)に文誉鉄牛上人(ぶんよてつぎゅうしょうにん)が本堂を再建し、真言宗から浄土宗に改め、御陵・塔尾陵を守護しました。なお江戸時代前期に俳諧師・松尾芭蕉(まつおばしょう)が立ち寄り、「御廟年を経て しのぶは何を しのぶ草」などの句を残しているそうです。
如意輪寺は浄土宗の寺院です。
*参考・・・如意輪寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ如意輪寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【如意輪寺 見どころ・文化財】
如意輪寺の見どころは楠木正行の辞世の扉です。辞世の扉は宝物殿で一般公開されています。なお宝物殿では辞世の扉遺骸にも厨子入木造蔵王権現立像(重要文化財)や紙本著色吉野曼荼羅(奈良県指定文化財)なども見ることができます。

重要文化財・・・厨子入木造蔵王権現立像

【如意輪寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0746-32-3008

【如意輪寺 おすすめ散策ルート】
如意輪寺から吉野を散策するのがおすすめです。吉野は桜の名所の為、桜が見ごろを迎える春に散策するのもいいかもしれません。

【如意輪寺 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
駐車場あり。
*参考・・・如意輪寺アクセス

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