東大寺お水取りと練行衆(11人の僧侶)
東大寺お水取りと練行衆
東大寺お水取りと練行衆を紹介しています。練行衆は和上・大導師・咒師・堂司・北衆之一・南座衆之一・北座衆之二・南座衆之二・中灯之一・権処世・処世界と言われる11人の僧侶です。練行衆は2月20日(2月15日)から前行である別火が始まり、泊まり込んで本行の準備をし、3月1日から本行が開始されます。(詳細下記参照)
【東大寺お水取り2025 日程時間(要確認)】
東大寺お水取り2025は2025年(令和7年)3月1日(土曜日)~14日(金曜日)に行われます。なおお松明は19:00から行われます。ただ12日(水曜日)は19:30、14日は18:30から行われます。
東大寺お水取り2025日程
【東大寺お水取り 基礎知識】
東大寺お水取り(おみずとり)・修二会(しゅにえ)・お松明(おたいまつ)は正式には十一面悔過(じゅういちめんけか)と言います。十一面悔過では二月堂(国宝)の本尊・大観音(おおかんのん)と小観音(こがんのん)に罪を懺悔し、鎮護国家・天下泰安・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願しました。お水取りは752年(天平勝宝4年)に東大寺の開山・良弁僧正の高弟・実忠(じっちゅう)が始め、以来一度も途切れることなく続けられています。ちなみにお水取りの名称は二月堂の本尊に井戸・若狭井(わかさい)から汲み上げたお香水(おこうずい)を供えたことに由来し、修二会の名称は旧暦の2月に修する法会に由来し、お松明の名称は夜毎松明(たいまつ)に火を灯したことに由来します。
東大寺お水取り2025
【練行衆(れんぎょうしゅう)】
練行衆はお水取りとも言われる修二会(しゅにえ)を行う行者である11人の僧侶のことです。
練行衆とその配役・自坊は毎年、東大寺初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)の命日(御忌日)・12月16日に合わせ、華厳宗管長によって早朝(午前8時30分頃)に発表されます。ちなみに練行衆は翌年2月20日(初めての練行衆・初めて大導師は2月15日)から世間の火を一切用いず、火打ち石でおこした火だけを利用して生活する前行である別火(べっか)が始まり、泊まり込んで本行の準備をし、3月1日から本行が開始されます。練行衆には練行衆には戒(かい)を授ける和上(わじょう)、祈願を司る行法全体の導師である大導師(だいどうし)、密教的、神道的なものをも含めた修法を司る咒師(しゅし)、平衆を率い修二会の進行を司る堂司(どうつかさ)、北座(きたざ)衆の長であるとともに平衆の長である北衆之一(きたざしゅのいち)、南座(なんざ)衆の長である南座衆之一(なんざしゅのいち)、北座の次席である北座衆之二(きたざしゅのに)、南座の次席である南座衆之二(なんざしゅのに)、会中の記録役である中灯之一(ちゅうどうのいち)、処世界を補佐する権処世(ごんしょせかい)、堂内の掃除や準備等を行う処世界(しょせかい)です。和上・大導師・咒師・堂司は四職(ししき)、それ以外は平衆(ひらしゅう)と言われています。練行衆は現在11人だが、かつては人数が多かったり、上七日と下七日で練行衆が交代していたこともありました。練行衆は1日に6回(六時)、日中(にっちゅう)・日没(にちもつ)・初夜(しょや)・半夜(はんや)・後夜(ごや)・晨朝(じんじょう)の行法を行います。練行衆は二月堂の本尊・十一面観音(じゅういちめんかんのん)前で宝号を唱え、荒行(あらぎょう)で懺悔し、天下泰安・万民豊楽などを祈願します。ちなみに練行衆は三役と言われる堂童子(どうどうじ)・小綱兼木守(しょうこうけんこもり)・駆士(くし)や童子(どうじ)・仲間(ちゅうげん)・加供(かく)などの人々によってサポートされます。なお練行には仏道などの修練の苦行を積むという意味があるそうです。
2022年(令和4年)の練行衆は和上が橋村公英さん、大導師が上司永照さん、咒師が上野周真さん、堂司が尾上徳峰さん、北座衆之一が池田圭誠さん、南座衆之一が佐保山曉祥さん、北座衆之二が中田定慧さん、南座衆之二が平岡慎紹さん、中灯之一が狹川光俊さん、権処世界が清水公仁さん、処世界が望月大仙さんです。
良弁は689年(持統天皇3年)に近江国または相模国で生まれたとも、百済系渡来人の子孫とも言われています。良弁は義淵から法相・唯識を学び、新羅の僧・審祥や慈訓から華厳を学びました。その後東山 (生駒市)に隠棲し、自ら刻んだ執金剛神像を安置して修行に励み、金鐘行者の異名を得ました。そのことが聖武天皇の耳にとまり、728年(神亀5年)に聖武天皇の皇太子・基王の菩提の為に若草山山麓に設けられた金鐘山房の智行僧に選ばれました。金鐘山房の羂索院を賜り、後に東大寺の前身である金鐘寺になりました。742年(天平14年)に金鐘寺が大和国分寺になり、745年(天平17年)に律師になり、751年(天平勝宝4年)に東大寺大仏造立・東大寺建立の功によって東大寺の初代別当になりました。756年(天平勝宝8年)に大僧都になり、773年(宝亀4年)に僧尼を統括する僧正に任命され、聖武天皇の看病禅師も務めました。なお良弁は774年(宝亀4年)12月16日に亡くなりました。
【東大寺お水取りと練行衆】
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