法隆寺西円堂修二会2025/2/1~3(日程時間・・・)
法隆寺西円堂修二会
法隆寺西円堂修二会(日程・・・)を紹介しています。西円堂修二会は例年2月1日から3日まで行われています。西円堂修二会では国家安穏・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願します。修二会では西円堂の本尊・薬師如来座像の前で薬師悔過(やくしけか)という行法が行われます。修二会が2月3日に結願すると鬼追式(おにおいしき)が行われます。(詳細下記参照)
【法隆寺西円堂修二会2025 日程時間(要確認)】
法隆寺西円堂修二会2025は2025年(令和7年)2月1日(土曜日)~3日(月曜日)に行われます。なお3日19:00頃から鬼追式(追儺式・追儺会)が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・法隆寺ホームページ
【法隆寺西円堂修二会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
最寄り駅・バス停・・・法隆寺駅(徒歩約20分)
アクセス路線は次の通りです。
*JR関西本線
*JR法隆寺駅からバス・法隆寺門前行きの場合、法隆寺門前
*JR王寺駅からバス・春日大社奈良行きの場合、法隆寺前
*近鉄奈良駅からバス・JR王寺駅行きまたはバス・法隆寺行きの場合、法隆寺前
路線・時刻表・運賃チェック
【法隆寺西円堂修二会 歴史・簡単概要】
法隆寺西円堂修二会(さいえんどうしゅにえ)では1261年(弘長元年)から行われています。修二会では西円堂の本尊・薬師如来座像の前で薬師悔過(やくしけか)という行法が行われます。
西円堂修二会では国家安穏・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願します。なお修二会が2月3日に結願すると鬼追式(おにおいしき)が行われます。ちなみに鬼追式(追儺式・追儺会)も西円堂修二会と同じ1261年(弘長元年)から行われています。
修二会は1月(正月)に行われる修正会 (しゅしょうえ) と同様に昨年を反省し、新年の国家安泰・天下泰平・万民豊楽・五穀豊穣などを祈願します。修二会は2月に行われることに由来し、修二月会とも言われています。修二会は中国のから伝わり、奈良時代には南都七大寺で盛んに行われるようになったと言われています。ちなみに修二会(お水取り)は752年(天平勝宝4年)に東大寺の開山・良弁僧正の高弟・実忠(じっちゅう)が始めたとも言われています。
鬼追式(追儺式(ついなしき))では西円堂(国宝)の基壇上で赤鬼・青鬼・黒鬼がそれぞれ所作を行って松明を投げ、その後毘沙門天が現れて鬼を追い払って鬼の魔性を降伏させます。ちなみに赤鬼は貪欲、青鬼は怒り、黒鬼は愚痴を表し、貪欲・怒り・愚痴は人間の善根を毒する三毒とされています。なお鬼役は1798年(寛政9年)まで法隆寺の僧侶が行っていたが、その後丑寅の方角にあたる法起寺(ほうきじ)裏の住人が奉仕するようになったそうです。
●法隆寺の歴史(創建から現在)を紹介しています。
法隆寺歴史
●法隆寺の見どころ(金堂・夢殿など)を紹介しています。
法隆寺見どころ(西院伽藍)・法隆寺見どころ(東院伽藍等)
【法隆寺 歴史・簡単概要】
法隆寺(ほうりゅうじ)・斑鳩寺(いかるがでら)は第31代・用明天皇が自らの病気平癒を祈願する為に発願したが、実現しないまま崩御し、607年(推古天皇15年)第33代・推古天皇と用明天皇の皇子・聖徳太子(厩戸皇子)が用明天皇の遺志を継いで創建し、本尊・薬師如来を安置したのが起源と言われています。670年(天智9年)に焼失したが、その後再建され、693年(持統7年)には仁王会が行われたとも言われています。739年(天平11年)行信僧都が聖徳太子を偲び、斑鳩宮(いかるがのみや)の旧地に夢殿を建立した言われています。その後慶長年間に関白・豊臣秀吉の子・秀頼、江戸時代には江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉とその生母・桂昌院が伽藍の修造を行いました。なお法隆寺は1993年(平成5年)世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(法隆寺地域の仏教建造物)のひとつに登録されました。
法隆寺は聖徳宗の総本山です。
*参考・・・奈良世界遺産・法隆寺(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【法隆寺西円堂修二会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
奈良世界遺産・法隆寺(アクセス・見どころ・・・)情報