橿原神宮秋季大祭2025年10月3日(日程時間・・・)
橿原神宮秋季大祭
橿原神宮秋季大祭(日程・・・)を紹介しています。秋季大祭は例年10月3日に行われています。秋季大祭では祭神で、初代・神武天皇の果てしなく広大な神恩に感謝します。またその年の豊かな実りに感謝するとともに国家の繁栄と国民の平安、 そして信者の家運隆昌・無病息災を祈願します。秋季大祭では神楽・浦安の舞が奉納されます。(要確認)(詳細下記参照)
【橿原神宮秋季大祭2025 日程時間(要確認)】
橿原神宮秋季大祭2025は2025年(令和7年)10月3日(金曜日)10:00から行われます。なお13:00から秋季献華祭が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・橿原神宮ホームページ
【橿原神宮秋季大祭 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県橿原市久米町934
最寄り駅・バス停・・・橿原神宮前駅(徒歩約10分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄南大阪線・近鉄橿原線・近鉄吉野線
路線・時刻表・運賃チェック
【秋季大祭 歴史・簡単概要】
橿原神宮秋季大祭(しゅうきたいさい)では祭神で、初代・神武天皇の果てしなく広大な神恩に感謝します。また秋季大祭ではその年の豊かな実りに感謝するとともに国家の繁栄と国民の平安、 そして信者の家運隆昌・無病息災を祈願します。秋季大祭では神楽・浦安の舞(うらやすのまい)が奉納されます。(要確認)なお橿原神宮で4月3日に行われる神武天皇祭はが古くから「神武さん」と言われるのに対し、秋季大祭は「秋の神武さん」と言われています。
神武天皇(神日本磐余彦天皇・かむやまといわれびこのすめらみこと)は天照大神(あまてらすおおみかみ)の天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)から4代目で、「古事記」・「日本書紀」では初代天皇とされています。神武天皇は豊かで平和な国作りを目指し、45歳で九州高千穂の宮から東に向かい、瀬戸内海を東進して大和一帯を平定し、紀元前660年(神武天皇元年)の旧暦の1月1日に大和畝傍橿原の宮(やまとうねびかしはらのみや)で即位し、127歳で没したとも言われています。
神楽は神社の祭礼などの神事の際、神に奉納する歌舞です。神楽は天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸に隠れた際、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が舞ったのが起源とも言われています。神楽には宮中で行われる御神楽と神社など民間で行われる里神楽に大きく分けられます。ちなみに浦安の舞は昭和天皇が1933年(昭和8年)に詠んだ「天地(あめつち)の 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を」が歌詞になっています。
【橿原神宮 歴史・簡単概要】
橿原神宮(かしはらじんぐう)は1890年(明治23年)に第122代・明治天皇が初代・神武天皇を祀る為、大和三山(天香久山(あまのかぐやま)・耳成山(みみなしやま))に数えられる標高約198.8メートルの畝傍山(うねびやま)東麓で、初代・神武天皇の宮・畝傍橿原宮(うねびのかしはらのみや)があったとされる現在の場所に創建しました。初代・神武天皇は日本最古の正史「日本書紀(にほんしょき)・720年(養老4年)完成」によると天照大神(あまてらすおおみかみ)の天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)から4代目で、豊かで平和な国作りを目指し、九州・高千穂(たかちほ)の宮から東に向かい、畝傍山の東南の麓に橿原宮を造営し、初代天皇に即位したと言われています。橿原神宮は1889年(明治22年)に明治政府が創建を認可し、1890年(明治23年)1月に京都御所から社殿として賢所(かしこどころ)と神嘉殿(しんかでん)の2棟が移築され、同年3月に社号を橿原神宮とし、官幣大社(かんぺいたいしゃ)に列せられました。1940年(昭和15年)に第124代・昭和天皇が行幸しました。なお橿原神宮は初代天皇・神武天皇と皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)を祀っています。ちなみに媛蹈鞴五十鈴媛命は大物主命(おおものぬしのみこと)の娘とされています。
*参考・・・橿原神宮(アクセス・見どころ・・・)ホームページ
【橿原神宮秋季大祭 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
橿原神宮(アクセス・見どころ・・・)情報