三松寺徹宵坐禅会2025年12月31日(除夜の鐘)
三松寺徹宵坐禅会(日程・アクセス・概要)
三松寺徹宵坐禅会(日程時間など)を紹介しています。三松寺徹宵坐禅会は例年12月31日の深夜から1月1日の早朝に行われます。徹宵坐禅会では中国禅宗の開祖・達磨大師の肖像画が掛けられた坐禅堂で、大晦日から元旦までの間に徹夜で5回の坐禅が行われます。途中で年越しそばを食し、除夜の鐘を撞きます。(詳細下記参照)
【三松寺徹宵坐禅会2025 日程時間(要確認)】
三松寺徹宵坐禅会2025は2025年(令和7年)12月31日(水曜日)22:00から行われます。22:00~24:00に坐禅2回、24:00から除夜の鐘、24:00~2:50に坐禅3回、03:00から初春祝祷諷経が行われます。(現在確認中・要注意)
*参考・・・三松寺ホームページ
【三松寺徹宵坐禅会 アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市七条1-26-10
最寄り駅・バス停・・・九条駅(徒歩約15分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄橿原線
路線・時刻表・運賃チェック
【三松寺徹宵坐禅会 歴史・簡単概要】
三松寺徹宵坐禅会(てつよいざぜんかい)は例年12月31日の大晦日(おおみそか)深夜から1月1日の元旦(がんたん)早朝に行われています。
徹宵坐禅会では中国禅宗の開祖・達磨大師(だるまだいし)の肖像画が掛けられた坐禅堂で、大晦日から元旦までの間に徹夜で5回の坐禅が行われます。途中で年越しそば(蕎麦)を食し、除夜の鐘(じょやのかね)を撞きます。坐禅が終了すると本堂で初春大般若祈祷会(しょしゅんだんはんにゃきとうえ)が行われます。
三松寺では例年信念に大般若祈祷法要も行われています。(要確認)
●坐禅は禅宗で宗旨とされ、修行法にもなっています。お釈迦様は35歳の旧暦12月8日の夜明け前、ブッダガヤの菩提樹の下で坐禅をして悟りを開きました。坐禅は坐ることを通し、お釈迦様の教えに目覚めることとされています。坐禅では心を整え、正しい姿勢で定に入り、正しく全てを受けとめる正受・三昧の世界を体験するそうです。なお坐禅はお釈迦様が成道後7日間ずつ3度端座思惟したことに始まり、中国で達磨大師以後に重視されました。
●達磨大師はインド人の仏教僧で、中国禅宗の開祖とされています。達磨大師はインドのバラモンで生まれ、6世紀初め中国に海路で渡り、各地で中期大乗仏教の経典「楞伽経」や禅を広めました。達磨大師は嵩山少林寺で面壁9年の座禅を行ったとも言われています。日本の禅は中国禅宗(南宗)の六祖・慧能の流れを汲むとされ、鎌倉時代に日本に公式に伝わったと言われています。
●除夜の鐘は宋(中国)から伝わった風習とも言われているが、日本独特の風習だそうです。除夜の鐘では大晦日に煩悩を除去し、清らかな心で新年を迎える為、梵鐘を108回撞きます。108は煩悩の数、一年間、また四苦八苦を表すとも言われています。
●大般若経は630年頃に三蔵法師玄奘がインドから中国に持ち帰り、663年に漢訳して作り上げた経典です。大般若経は全16部(会)・600巻・字数500万字にも及びます。大般若経は最高の真理である般若から見ると全てのものは実体がない空だと説いているそうです。なお大般若経には魔をも折伏させる功力があるとも言われています。
【三松寺 歴史・簡単概要】
三松寺は785年(延歴4年)に第50代・桓武天皇の皇后・藤原乙牟漏が万民富楽の勅願寺として富雄の地に創建したのが起源です。その後衰微したと言われています。1639年(寛永16年)に大和郡山藩城代家老・松下将監供養の為に士族寺として現在の七条の高台に移されました。ちなみに松下将監は江戸で妾婦・お艶を囲い、お艶を伴って大和郡山藩に戻ろうとしたが、お艶は箱根の関所で許可されず、芦ノ湖に入水して白蛇と化し、家老を悩ませたと言われています。松下将監の正妻は三松寺の住職の導きにより、一彫一拝して地蔵尊(切り地蔵)を造仏し、白蛇の邪念を祓ったと言われています。三松寺は本尊に釈迦牟尼仏を祀っています。なお三松寺には地域の寺子屋として、本堂左に1971年(昭和46年)設立の公益財団法人・大和青少年文化研修道場があります。大和盆地で唯一、修行と学問を一致させる「行学一致」の学問場です。
*参考・・・三松寺(アクセス・見どころ・・・)
【三松寺徹宵坐禅会 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
三松寺(アクセス・見どころ・・・)情報













