白毫寺椿見ごろ(3月下旬~4月中旬頃)・椿名所

白毫寺椿見ごろ

白毫寺椿見ごろ(時期・・・)情報を紹介しています。白毫寺には樹齢約400年・樹高約5メートル・根回り約1メートルの五色椿が植えられ、東大寺開山堂の糊こぼし・伝香寺の散り椿とともに大和三名椿(奈良三名椿)に数えられています。五色椿は大輪の八重で、一本の木から白・紅・紅白絞り・桃色など色とりどりの花を咲かせます。(詳細下記参照)

【白毫寺椿見ごろ(要確認)】
白毫寺椿は例年3月下旬頃から4月中旬頃に見ごろを迎えます。なお椿の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【白毫寺椿・白毫寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市白毫寺町392
最寄り駅・バス停・・・高畑町(徒歩約20分)

アクセス路線は次の通りです。
*JR奈良駅・近鉄奈良駅から市内循環バス
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【白毫寺椿 歴史・簡単概要】
白毫寺は奈良を代表する椿の名所です。椿は例年3月下旬頃から4月中旬頃に見ごろを迎えます。白毫寺には樹齢約400年・樹高約5メートル・根回り約1メートルの五色椿(ごしきつばき)が植えられ、東大寺開山堂の糊こぼし(のりこぼし・良弁椿(ろうべんつばき))・伝香寺(でんこうじ)の散り椿(ちりつばき)とともに大和三名椿(やまとさんめいちん・奈良三名椿)に数えられています。五色椿は大輪の八重で、一本の木から白・紅・紅白絞り・桃色など色とりどりの花を咲かせます。白毫寺には椿園があり、大椿なども植えられています。なお白毫寺は関西花の寺二十五霊場の第18番札所になっています。
五色椿は奈良県の天然記念物です。五色椿は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1643年)に興福寺(こうふくじ)の塔頭(たちゅう)・喜多院(きたいん)から移植されたと言われています。なお喜多院は平安時代中期に興福寺第14世別当・空晴(くうせい・こうじょう)が創建したと言われています。
椿はツバキ科ツバキ属の常緑樹です。椿は日本原産で、北海道などを除く日本各地に分布しています。椿は日本最古の和歌集「万葉集(まんようしゅう)・奈良時代末期成立」に9首見られ、近世に茶花として好まれ、多くの園芸品種が作られました。500以上の園芸品種があるそうです。なお椿は邪悪を祓うとも言われ、平安時代に長寿・招福・吉兆の木とされていたそうです。

【白毫寺 歴史・簡単概要】
白毫寺(びゃくごうじ)は伝承によると奈良時代初期の715年(霊亀元年)に第38代・天智天皇の第7皇子・志貴皇子(しきのみこ・施基親王)の山荘跡を寺に改めたのが起源とも言われています。また白毫寺は真言宗(しんごんしゅう)の宗祖である弘法大師(こうぼうだいし)・空海(くうかい)の師とも言われている三論宗(さんろんしゅう)の僧・勤操大徳(ごんそうだいとく)が創建した石淵寺(いわぶちでら)の一院だったとも言われています。鎌倉時代に真言律宗(しんごんりっしゅう)の祖・叡尊(えいそん)が再興し、叡尊の弟子・道照(どうしょう)が中国から宋版一切経(いっさいきょう)の摺本を請来して、経蔵に収めたことから一切経寺とも言われたそうです。その後室町時代の兵火によって焼失し、寛永年間(1624年~1643年)頃に興福寺(こうふくじ)の僧・空慶が復興し、五色椿が興福寺の塔頭・喜多院(きたいん)からが移されてきたとも言われています。なお白毫寺は本尊・阿弥陀如来(重要文化財)を安置しています。
白毫寺は真言律宗の寺院です。
*参考・・・白毫寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【白毫寺椿見ごろ 備考】
*お祭り・イベントなどの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者のサイトなどで確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。
白毫寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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