伝香寺椿見ごろ(3月下旬~4月上旬頃)・椿名所

伝香寺椿見ごろ

伝香寺椿見ごろ(時期・・・)情報を紹介しています。伝香寺には散り椿が植えられ、東大寺の糊こぼし(良弁椿)・白毫寺の五色椿とともに大和三名椿(奈良三名椿)に数えられています。散り椿は桜のように一枚一枚花びらが散り、その潔さを称して武士椿とも言われています。散り椿は現在は3代目です。(詳細下記参照)

【伝香寺椿見ごろ(要確認)】
伝香寺椿は例年3月下旬頃から4月上旬頃に見ごろを迎えます。なお椿の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。

【伝香寺椿・伝香寺 アクセス・地図】
場所・・・奈良県奈良市小川町24
最寄り駅・バス停・・・JR奈良駅(徒歩約10分)

アクセス路線は次の通りです。
*JR関西本線

*近鉄奈良線の場合、近鉄奈良駅(徒歩約8分)
JRおでかけネット近畿時刻表・ダイヤ案内奈良交通バス案内システム

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【伝香寺椿 歴史・簡単概要】
伝香寺は奈良を代表する椿の名所です。椿は例年3月下旬頃から4月上旬頃に見ごろを迎えます。伝香寺には散り椿(ちりつばき)が植えられ、東大寺(とうだいじ)の糊こぼし(のりこぼし・良弁椿(ろうべんつばき))・白毫寺(びゃくごうじ)の五色椿(ごしきつばき)とともに大和三名椿(やまとさんめいちん・奈良三名椿)に数えられています。散り椿は桜のように一枚一枚花びらが散り、その潔さを称して武士椿(もののふつばき)とも言われています。なお散り椿は初代が1821年(文政4年)に枯れ、現在は3代目です。境内には4代目の木も10本ほど植えられているそうです。
散り椿は安土桃山時代の1585年(天正13年)に戦国大名・筒井順慶(つついじゅんけい)の母・芳秀宗英尼(ほうしゅうそうえいに)が本堂(重要文化財)前に植えたとも言われています。なお本堂は1585年(天正13年)に建立され、本尊・釈迦如来坐像を安置しています。本堂は方三間の寄棟造です。
椿はツバキ科ツバキ属の常緑樹です。椿は日本原産で、北海道などを除く日本各地に分布しています。椿は日本最古の和歌集「万葉集(まんようしゅう)・奈良時代末期成立」に9首見られ、近世に茶花として好まれ、多くの園芸品種が作られました。500以上の園芸品種があるそうです。なお椿は邪悪を祓うとも言われ、平安時代に長寿・招福・吉兆の木とされていたそうです。

【伝香寺 歴史・簡単概要】
伝香寺(でんこうじ)は奈良時代の天平宝亀年間(770年~780年)に唐の渡来僧・鑑真和上(がんじんわじょう)の高弟・思詫律師(したくりっし)が母国・唐を偲んで唐風の庵を結んで、実円寺と称した場所とも言われています。その後1585年(天正13年)に戦国大名・筒井順慶(つついじゅんけい)の母・芳秀宗英尼(ほうしゅうそうえいに)が第106代・正親町天皇の勅許により、子・筒井順慶の菩提を弔う為に唐招提寺(とうしょうだいじ)の泉奘(せんじょう)長老を開山に菩提所(香華院)として再興しました。芳秀宗英尼が本堂前に植えたと言われている椿は桜のように潔く散ることから筒井順慶に因み、武士椿(もののふつばき)とも言われたそうです。ちなみに現在も本堂前に3代目の椿が植えられているそうです。1983年(昭和58年)の筒井順慶法印400年遠諱の際、順慶座像と御堂が造立されました。なお伝香寺の本尊・釈迦如来坐像には仏師名(宗貞)と酉年(1585年)が記され、関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)が創建した京都・方広寺(ほうこうじ)の大仏(盧舎那仏)を造立した際の試みの仏像とも言われているそうです。
伝香寺は律宗の寺院です。
*参考・・・伝香寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)ホームページ伝香寺(アクセス・歴史・見どころ・・・)wikipedia

【伝香寺椿見ごろ 備考】
*お祭り・イベントなどの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者のサイトなどで確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。
伝香寺(アクセス・見どころ・・・)情報

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