博西神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
博西神社
博西神社(アクセス・見どころ・歴史概要・料金・・・)情報を紹介しています。博西神社の社号の由来になったとも言われている屋敷山古墳は葛城市内最大規模と言われる全長135メートル以上の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)です。屋敷山古墳は1972年(昭和47年)に国の史跡に指定され、その一帯が屋敷山公園として整備されています。
【博西神社 アクセス・地図】
場所・・・奈良県葛城市寺口1231
最寄り駅・バス停・・・近鉄新庄駅(徒歩約35分)
アクセス路線は次の通りです。
*近鉄御所線
路線・時刻表・運賃チェック
【博西神社 拝観時間・時間(要確認)】
自由
【博西神社 拝観料金・料金(要確認)】
無料
【博西神社 歴史・簡単概要】
博西神社(はかにしじんじゃ)は起源が明確ではありません。博西神社の社号は「陵西」・「墓西」とも書かれ、屋敷山古墳(やしきやまこふん)西側に祀られていることに由来するとも言われています。ちなみに屋敷山古墳には大王など有力者のみが使用できた竜山石(たつやまいし)が使用され、被葬者は「古事記」・「日本書紀」にその名が記され、天皇と親戚関係にあり、大きな権力を持っていた古代豪族・葛城氏(かつらぎし)に関わる人物とも言われています。屋敷山古墳は平安時代から室町時代に葛城市南部を本拠とした布施氏(ふせし)の館として使用され、江戸時代初期に大和新庄藩の藩主だった桑山氏(くわやまし)の陣屋として使用され、屋敷山の名称の由来になりました。博西神社はかつて倭文神社(しとりじんじゃ)または波加仁志神社(はかにしじんじゃ)と称し、寺口・大屋・新庄・桑海・中戸・弁之庄・南道穂・北道穂・西室・東室・柿之本・北花内・笛堂・曽大根の十四ヶ町村の総氏神として祀られていました。また中世に布施氏の氏神になり、布施郷支配の信仰上の拠点にもなりました。桃山時代から江戸時代前期の慶長年間(1596年~1615年)に桑山氏が新庄に移ると新庄外七ヶ村が外れ、現在は寺口・大屋の二ヶ村の氏神になっています。なお博西神社は北殿に下照比売命(したてるひめ)、南殿に菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。
*参考・・・博西神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
【博西神社 見どころ・文化財】
博西神社の見どころは重要文化財に指定されている本殿です。本殿は北殿(第1殿)・南殿(第2殿)から構成される二棟連結式で、北殿・南殿はいずれも戦国時代(室町時代後期)の1538年(天文7年)に建立されました。北殿・南殿はいずれも一間社(いっけんしゃ)春日造(かすがづくり)の銅板葺(どうばんぶき)です。
【博西神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0745-44-5111(葛城市産業観光部商工観光課)
【博西神社 おすすめ散策ルート】
博西神社からは東側の屋敷山古墳・屋敷山公園・大和新庄城跡を散策するのがおすすめです。高田川沿いを散策するのもいいかもしれません。
【博西神社 備考(駐車場・御朱印・リンク・・・)】
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