菅原天満宮梅見ごろ2022(2月上旬~3月上旬頃)

菅原天満宮梅見ごろ(例年)・見どころ

菅原天満宮梅見ごろ(時期・イベント等)を紹介。菅原天満宮には紅梅・白梅・しだれ梅など約100本の梅の木が植えられています。本殿に向かって右側に紅梅が植えられ、紅梅と本殿・石灯籠・臥牛像の光景が美しいとも言われています。なお梅の見ごろに盆梅展が催されています。(詳細下記参照)

【菅原天満宮 梅見ごろ(例年)・2022年情報】
菅原天満宮の梅見ごろは例年2月上旬頃から3月上旬頃です。なお梅の見ごろはその年の気候などによって多少前後することがあります。
奈良梅名所・梅見ごろ

【菅原天満宮梅見ごろ アクセス・マップ】
場所・・・奈良県奈良市菅原町518
最寄り駅・バス停・・・近鉄大和西大寺駅(徒歩約8分)

アクセス路線は次の通りです。
*近鉄奈良線

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【菅原天満宮 梅見ごろ(例年)・見どころ】
菅原天満宮は奈良の梅の名所です。菅原天満宮の梅見ごろは例年2月上旬頃から3月上旬頃です。菅原天満宮などの天満宮には祭神・菅原道真を祀り、菅原道真がこよなく梅を愛したことから境内に梅の木が植えられています。梅は天満宮の神紋に使われています。
菅原天満宮には紅梅・白梅・しだれ梅など約100本の梅の木が植えられています。本殿に向かって右側に紅梅が植えられ、紅梅と本殿・石灯籠・臥牛像の光景が美しいとも言われています。なお菅原天満宮では梅の見ごろに合わせて盆梅展が催され、社殿内や屋外会場に盆梅が展示・公開されます。
菅原道真は梅をこよなく愛し、「東風(こち)吹かば 匂ひやこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(拾遺和歌集 巻第十六 雑春)」と詠みました。道真が大宰府に左遷されると梅が道真を慕って一晩の内に大宰府に飛来したという飛梅伝説も生まれました。
花見と言うと現在は桜を連想するが、奈良時代には中国から伝わった梅だったそうです。しかし平安時代になると梅から桜に変わり、奈良時代末期頃成立の「万葉集」では梅を読んが和歌が桜よりも多かったが、平安時代前期成立の「古今和歌集」では桜を詠んだ和歌の方が梅よりも多くなります。なお梅は中国原産のバラ科サクラ属の落葉高木で、野梅系(やばいけい)・紅梅系(緋梅系)・豊後系(ぶんごけい)に大きく分類されるそうです。
菅原天満宮盆梅展

【菅原天満宮 歴史・簡単概要】
菅原天満宮(すがわらてんまんぐう)は起源が明確ではありません。菅原天満宮は土師氏(はじし)が土師氏の祖神で、天下泰平・国土安泰・五穀豊穣の守護神である天穂日命(あめのほひのみこと)を祀ったの起源と言われています。土師氏は土師器(はじき)などを製作したことから第11代・垂仁天皇から土師の姓を賜り、奈良時代後期の781年(天応元年)に菅原道真の曽祖父・土師古人(はじのふるひと)らが土地の名・菅原邑(すがわらむら)から菅原の姓への改姓を勅許されたと言われています。その後平安時代中期の「延喜式神名帳(927年(延長5年))」によると小社に列せられました。菅原天満宮は菅家一系三神を祀る延喜式内社の日本最古の天満宮とも言われているそうです。文亀年間(1501年~1504年)・元禄年間(1688~1704年)に火災に見舞われ、寛保年間(1741年~744年)に一乗院宮真敬法親王(いちじょういんのみやしんけいほうしんのう)の命によって社殿が再建されたと言われています。2002年(平成14年)に名称を菅原神社から菅原天満宮に改めました。なお菅原天満宮は天穂日命・野見宿禰(のみのすくね)・菅原道真(すがわらのみちざね)を祀っています。天穂日命は菅家(土師氏)の始祖で、野見宿禰は天穂日命の子孫とされています。
*参考・・・菅原天満宮(アクセス・見どころ・・・)ホームページ

【菅原天満宮梅見ごろ 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。
菅原天満宮(アクセス・見どころ・・・)情報

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