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カテゴリー:その他
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円福寺・圓福寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
円福寺が属する真言律宗は真言宗の宗祖である弘法大師・空海を高祖、西大寺を再興した興正菩薩(こうしょうぼさつ)・叡尊(えいそん)を中興の祖としています。真言律宗は真言密教の宗義に基づき、出家戒である具足戒と金剛乗の戒律である三昧耶戒を修学します。 -

圓證寺・円証寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
圓證寺ゆかりの筒井氏は大神神社の神官・大神氏の一族とも言われ、大和国添下郡筒井(大和郡山市)を本拠地としました。鎌倉時代以降に大和守護であった興福寺の衆徒になり、南北朝時代に台頭し、戦国時代に越智氏を滅ぼし、大和国の戦国大名として地位を確立しました。 -

大蔵寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
大蔵寺ゆかりの聖徳太子は用明天皇の皇子として生まれ、幼少時から聡明で、仏法を尊んだと言われています。593年(崇峻天皇5年)に叔母で、第33代・推古天皇が即位すると皇太子・摂政になって補佐し、冠位十二階・十七条憲法を制定したりしました。 -

菊岡漢方薬局(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
菊岡漢方薬局があるならまち(奈良町)は元々世界遺産である元興寺の境内だったが、1180年(治承4年)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼討で被害を受け、その後筆・墨・刀・酒・醤油などの産業が発展し、江戸時代に商工業都市が形成されました。 -

人麿神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
人麿神社は葛城市の柿本神社から分霊を勧請して創建されたと言われています。柿本神社は724年(神亀元年)に歌聖・柿本人麻呂が石見国(島根県益田市)で亡くなり、770年(神護景雲4年・宝亀元年)に改葬して社殿を建立したのが起源と言われています。 -

水谷茶屋(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
水谷茶屋は吉城川の上流部である水谷川の右岸(北側)にあります。水谷川は三笠山(若草山)と御蓋山(春日山)の間にある春日山原始林を源とし、大和川水系の佐保川に注ぎ、その分水は御手洗川 として春日大社本殿の西側を流れています。 -

入鹿神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
入鹿神社はかつて真言宗高野山派の仏起山普賢寺の鎮守社でした。普賢寺は起源が明確ではなく、1478年(文明10年)に本堂が再建されたが、明治維新後の廃仏毀釈によって廃寺になり、本堂が正蓮寺大日堂(重要文化財)として正蓮寺に引き継がれています。 -

蓮長寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
蓮長寺の前身である喜見城院を創建したと言われる勤操は三論宗の僧です。大安寺で三論教学を学び、石淵寺で法華八講を創始し、大極殿で最勝王経を講じ、紫宸殿で法相宗義を論破して律師に任じられました。その後東大寺別当を歴任し、大僧都に任じられました。 -

夜支布山口神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
夜支布山口神社では例年8月15日頃の夜に大柳生太鼓踊り(奈良県指定無形民俗文化財)が行われます。竹にヒノキの削ったものを束ね、その上に花飾りを付けた「シナイ(御幣木)」を背中に背負った踊り手が羯鼓と言われる小太鼓を胸に下げて打ち鳴らしながら踊ります。 -

八幡神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
八幡神社が鎮守だった西大寺は764年(天平宝字8年)に孝謙上皇が藤原仲麻呂の乱の鎮圧を祈願する為、鎮護国家の守護神とされる四天王像の造仏を誓願し、翌765年(天平神護元年)に称徳天皇となった孝謙上皇が四天王像を造仏したのが起源とも言われています。













