奈良除夜の鐘(興福寺・東大寺・西大寺・・)

奈良除夜の鐘

奈良除夜の鐘2016情報を紹介しています。奈良の寺院では僧侶だけでなく、一般人も除夜の鐘を撞くことができる場合があります。ただ除夜の鐘を撞くは整理券や志納が必要であったり、早く並んだりする必要がある場合があります。また撞くのが108回で終わる場合もあります。なお除夜の鐘2016情報は必ず事前にネットなどで確認して下さい。また交通手段も確認して下さい。

【奈良除夜の鐘 基礎知識】
除夜の鐘は中国・宋から伝わった風習とも言われているが、日本独特の風習だそうです。除夜の鐘では大晦日に煩悩を除去し、清らかな心で新年を迎える為、梵鐘を108回撞きます。108は煩悩の数、一年間、また四苦八苦を表すとも言われています。なお一般的に108回の内、107回は大晦日(旧年)に撞き、最後の1回は1月1日(新年)に撞くことが多いそうです。なお煩悩は人の心身を悩まし・乱し・惑わし・汚したりするもので、智慧を妨げるものとも言われています。ちなみに煩悩は6種の根本煩悩・20種の随煩悩などに分類されるそうです。

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【奈良除夜の鐘 興福寺】
興福寺(こうふくじ)は669年(天智天皇8年)藤原鎌足(うじわらのかまたり)の妻・鏡大王(かがみのおおきみ)が夫・鎌足の病気平癒の祈願の為、鎌足発願の本尊・釈迦三尊像や四天王などを安置する山階寺(やましなでら)を山背国山階陶原(京都市山科区)に創建したのが起源と言われています。672年(天武天皇元年)の藤原京遷都とともに移り、地名から厩坂寺(うまやさかでら)と称したが、710年(和銅3年)の平城京遷都とともに鎌足の子・不比等(ふひと)が現在の場所に移し、興福寺と名付けました。
●時間・・・23:30頃~ 整理券で撞くことができます。
興福寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 東大寺】
東大寺(とうだいじ)・金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)は728年(神亀5年)第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した皇太子・基皇子(もといのみこ)の菩提を追修する為、東大寺初代別当・良弁僧正(ろうべんそうじょう)ら9人の僧を住まわせた若草山の山房を起源とする金鍾寺(こんしゅじ・金鍾山寺)が起源と言われています。金鍾寺は733年(天平5年)に創建され、741年(天平13年)に国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられると翌742年(天平14年)に大和国分寺になり、名称を大和金光明寺(きんこうみょうじ)に改められました。
●時間・・・00:00頃~ 整理券で撞くことができます。
東大寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 西大寺】
西大寺(さいだいじ)は764年(天平宝字8年)孝謙上皇(第46代・孝謙天皇)が藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱の鎮圧を祈願する為、鎮護国家の守護神とされる四天王像の造仏を誓願し、翌765年(天平神護元年)に第48代・称徳天皇となった孝謙上皇が四天王像を造仏したのが起源とも言われています。その後称徳天皇(孝謙上皇)の勅願により、称徳天皇の父で、第45代・聖武天皇が平城京の東に東大寺を創建したように平城京の西に僧・常騰を開山として、西大寺が創建されました。
●時間・・・23:40頃~ 撞くことができます。
西大寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 薬師寺】
薬師寺(やくしじ)は680年(天武天皇9年)第40代・天武天皇の発願により、鵜野讃良(うののさらら・持統天皇)の皇后の病気平癒を祈願する為、藤原京右京八条三坊に創建されたが、710年(和銅3年)の平城京遷都後に現在の場所である西ノ京に移されたと言われています。ちなみに当初の薬師寺では688年(持統天皇2年)に無遮大会(かぎりなきおがみ)が行われ、698年(文武天皇2年)には伽藍がほぼ完成したと言われています。
●時間・・・23:30頃~ 整理券で撞くことができます。
薬師寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 唐招提寺】
唐招提寺(とうしょうだいじ)は759年(天平宝字3年)唐の渡来僧・鑑真和上(がんじんわじょう)が第40代・天武天皇の第7皇子・新田部親王(にいたべしんのう)の宅跡を朝廷から下賜され、戒律を学ぶ修行道場として創建したのが起源です。唐招提寺の名称には唐から来日した鑑真和上の為の寺という意味があるそうです。ちなみに鑑真和上は東大寺で5年、唐招提寺で5年を過ごし、76歳で亡くなったそうです。
●時間・・・23:40頃~ 整理券で撞くことができます。
唐招提寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 長岳寺】
長岳寺(ちょうがくじ)は824年(天長元年)真言宗の開祖である弘法大師・空海が第53代・淳和天皇の勅願により、大和神社(おおやまとじんじゃ)に附属する神宮寺(じんぐうじ)として創建したと言われえいます。ちなみに大和神社は紀元前92年(崇神天皇6年)宮中で天照大神(あまてらすおおみかみ)とともに同殿共床で祀られていた祭神・日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)を市磯邑(いちしのむら・大和郷)に移し、皇女・淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)が祀ったのが起源とも言われています。
●時間・・・23:30頃~ 整理券で撞くことができます。
長岳寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 聖林寺】
聖林寺(しょうりんじ)は寺伝によると712年(和銅5年)藤原鎌足(ふじわらのかまたり)の長男で、僧・定慧(じょうえ)が多武峰妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)の別院として創建したのが起源と言われています。妙楽寺は678年(天武天皇7年)に定慧(定恵)が父・鎌足の墓を摂津安威(阿武山古墳・あぶやまこふん)から大和に移し、十三重塔を建立したのが起源と言われています。
●時間・・・23:00頃~ 撞くことができます。
長岳寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 安倍文殊院】
安倍文殊院(あべもんじゅいん)は645年(大化元年)の大化の改新の際、左大臣・安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)が第36代・孝徳天皇の勅願により、安倍氏の氏寺として創建したと言われています。安倍文殊院は当初現在の南西300メートルに創建され、安倍寺(あべでら)・崇敬寺(すうけいじ)とも言われていたそうです。
●時間・・・23:45頃~ 撞くことができます。
安倍文殊院(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 金剛寺】
金剛寺(こんごうじ)は1173年(承安3年)小松内大臣とも言われた平重盛(たいらのしげもり)が創建したと言われています。その後江戸時代初期に野原城主・畠山義春(はたけやまよしはる)の菩提寺として再興されました。江戸時代末期から明治時代には奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)の長老の隠居寺になりました。
●時間・・・23:40頃~ 撞くことができます。
金剛寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 室生寺】
室生寺(むろうじ)は興福寺(こうふくじ)の僧・賢憬(賢璟)が第50代・桓武天皇の発願により、国家鎮護の寺として創建したと言われています。桓武天皇(山部親王)は宝亀年間(770年~781年)の東宮時代に病気になり、龍神信仰があった室生山で祈祷を修したところ龍神の力によって回復したとも言われています。ただ賢憬は793年(延暦12年)に亡くなったことから賢憬の弟子で、興福寺の僧・修円が引き継いだと言われています。
●時間・・・00:00頃~ 撞くことができます。
室生寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 岡寺】
岡寺(おかでら)・龍蓋寺(りゅうがいじ)は法相宗の祖・義淵僧正が第40代・天武天皇の皇子・草壁皇子(くさかべのおうじ)が住んでいた岡宮の跡に創建したと言われています。岡寺は龍門寺(りゅうもんじ)などと一緒に創建されたそうです。龍蓋寺の名称は義淵僧正が龍蓋池に封じた龍の説話に由来するそうです。ちなみに岡寺は古来から土地の名称である岡にある寺という意味で、親しみを込めて岡寺と言われているそうです。
●時間・・・23:50頃~ 撞くことができます。
岡寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 飛鳥寺】
飛鳥寺(あすかでら)は6世紀末から7世紀初頭に蘇我馬子(そがのうまこ)が蘇我氏の氏寺として創建した日本最古の本格的仏教寺院とも言われています。当初飛鳥寺は法興寺(ほうこうじ)と言われたそうです。ただ創建年は明確ではなく、馬子の甥で、第32代・崇峻天皇が即位した588年(崇峻天皇元年)とも、日本書紀によると596年(推古天皇4年)とも言われています。
●時間・・・23:30頃~ 撞くことができます。
飛鳥寺(アクセス・見どころ・・・)

【奈良除夜の鐘 備考】
*イベントの情報(日程・場所・内容など)は必ず主催者に確認して下さい。当サイトの情報はあくまで参考情報です。イベントの内容などが変更になっている場合もあります。

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