カテゴリー:その他

  • 金剛寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    金剛寺では1459年(長禄3年)から例年2月5日に後南朝・自天王(尊秀王)の遺品の兜(重要文化財)などを拝する朝拝式が行われます。自天王は北朝の旧赤松家家臣の石見太郎らによって殺害されて首が持ち去られたが、川上郷士が奪い返して金剛寺で手厚く葬ったとも言われています。
  • 富貴寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    富貴寺にはかつて三重塔が建立されていたが、荒れ果てていました。そこで美術史家で、侯爵・細川護立(ほそかわもりたつ)が引き取り、更に法隆寺に寄進され、三重塔の初層が旧富貴寺羅漢堂として、重要文化財に指定されています。ちなみに羅漢堂は西院伽藍と東院伽藍の間にあります。
  • 売太神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    売太神社の祭神・稗田阿礼命(ひえだのあれのみこと)は太安万侶(おおのやすまろ)が日本最古の歴史書で、文学書である「古事記(こじき・ふることふみ)」を編纂する際、誦習(しょうしゅう)していた「帝紀(ていき)」や「旧辞(きゅうじ)」を暗誦したと言われています。
  • 室生龍穴神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    室生龍穴神社近くには龍神が棲むとも言われている洞穴・妙吉祥龍穴があり、古代から神聖な磐境とされてきたそうです。ちなみに室生には3つの龍穴と6つの岩屋(九穴)・5つの渕と3つの池(八海)からなる九穴八海(きゅうけつはっかい)という伝説が残されているそうです。
  • 大蔵寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    大蔵寺は弘法大師・空海が唐から投げた独鈷杵(どっこしょ)が飛来し、唐から帰朝後に道場として法を伝えたとも言われています。なお空海は804年(延暦23年)に遣唐使として唐に渡り、806年(大同元年)に経典などをもって唐から戻りました。
  • 転法輪寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    転法輪寺を創建したと言われる役行者は17歳で奈良・元興寺で孔雀明王の呪法を学び、葛城山・熊野・大峯で山岳修行を続け、吉野金峯山で金剛蔵王大権現を感得し、日本古来の山岳信仰や山修行と外来の密教(仏教)などを融合させた修験道の基礎を築きました。
  • 極楽寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    極楽寺を創建した一和僧都(いつわそうず)は西塔院・増利僧都( ぞうりそうず)の弟子になって仏門に入り、その後興福寺の座主に迎えられ、950年(天暦4年)には第62代・村上天皇の勅命により、維摩会の講師になったと言われています。
  • 洞泉寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    洞泉寺がある洞泉寺町は大和郡山市の東岡町・奈良市の木辻町(木辻遊廓・きつじゆうかく)とともに奈良の三大遊郭に数えられていました。洞泉寺町の遊郭は又春廊(ゆうしゅんかく)とも言われ、木造3階建ての旧遊郭の建物が現在も残されているそうです。
  • 奈良豆比古神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    奈良豆比古神社のクスノキの大木は「田原天皇(祭神・春日宮天皇)の子、田原太子(祭神・春日王)が療養のため、大木茂る平城山の一社に隠居さる」という伝説を裏付けているそうです。ちなみにクスノキの大木は奈良県の天然記念物に指定されています。
  • 中宮寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    中宮寺は第二次大戦後に隣接する法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流したが、7世紀前半の創建以来1300年に渡って尼寺の法燈を守り続け、法華寺(ほっけじ)・円照寺(えんしょうじ)とともに大和三門跡尼寺の随一とも言われています。

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