カテゴリー:その他

  • 石上神宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    石上神宮はかつて本殿はなかったが、1874年(明治6年)の大宮司・菅政友(かんまさとも)による禁足地発掘により、出土した刀(布都御魂剣)や曲玉などのご神宝を奉斎する為、1913年(大正2年)に本殿が造営されました。
  • 源九郎稲荷神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    源九郎稲荷神社の名称は源義経(牛若丸)が兄で、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の追っ手から逃れる際に幾度なく白狐に助けられたことから義経が源九郎の名を贈ったことに由来するそうです。ちなみに源義経は源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)と言われます。
  • 矢田坐久志玉比古神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    矢田坐久志玉比古神社は祭神・櫛玉饒速日命が天磐船に乗って空を飛んだということに因んで航空祖神とされ、中島飛行機(なかじまひこうき)が製作した九一式戦闘機(きゅういちしきせんとうき)のプロペラが奉納されて楼門に吊るされています。
  • 金剛寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    金剛寺では1459年(長禄3年)から例年2月5日に後南朝・自天王(尊秀王)の遺品の兜(重要文化財)などを拝する朝拝式が行われます。自天王は北朝の旧赤松家家臣の石見太郎らによって殺害されて首が持ち去られたが、川上郷士が奪い返して金剛寺で手厚く葬ったとも言われています。
  • 富貴寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    富貴寺にはかつて三重塔が建立されていたが、荒れ果てていました。そこで美術史家で、侯爵・細川護立(ほそかわもりたつ)が引き取り、更に法隆寺に寄進され、三重塔の初層が旧富貴寺羅漢堂として、重要文化財に指定されています。ちなみに羅漢堂は西院伽藍と東院伽藍の間にあります。
  • 売太神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    売太神社の祭神・稗田阿礼命(ひえだのあれのみこと)は太安万侶(おおのやすまろ)が日本最古の歴史書で、文学書である「古事記(こじき・ふることふみ)」を編纂する際、誦習(しょうしゅう)していた「帝紀(ていき)」や「旧辞(きゅうじ)」を暗誦したと言われています。
  • 室生龍穴神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    室生龍穴神社近くには龍神が棲むとも言われている洞穴・妙吉祥龍穴があり、古代から神聖な磐境とされてきたそうです。ちなみに室生には3つの龍穴と6つの岩屋(九穴)・5つの渕と3つの池(八海)からなる九穴八海(きゅうけつはっかい)という伝説が残されているそうです。
  • 大蔵寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    大蔵寺は弘法大師・空海が唐から投げた独鈷杵(どっこしょ)が飛来し、唐から帰朝後に道場として法を伝えたとも言われています。なお空海は804年(延暦23年)に遣唐使として唐に渡り、806年(大同元年)に経典などをもって唐から戻りました。
  • 転法輪寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    転法輪寺を創建したと言われる役行者は17歳で奈良・元興寺で孔雀明王の呪法を学び、葛城山・熊野・大峯で山岳修行を続け、吉野金峯山で金剛蔵王大権現を感得し、日本古来の山岳信仰や山修行と外来の密教(仏教)などを融合させた修験道の基礎を築きました。
  • 極楽寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    極楽寺を創建した一和僧都(いつわそうず)は西塔院・増利僧都( ぞうりそうず)の弟子になって仏門に入り、その後興福寺の座主に迎えられ、950年(天暦4年)には第62代・村上天皇の勅命により、維摩会の講師になったと言われています。

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