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カテゴリー:その他
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石寸山口神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
石寸山口神社は双槻神社(なみつきじんじゃ・雙槻神社)とも言われ、聖徳太子の父である第31代・用明天皇(ようめいてんのう)の磐余池辺双槻宮(いわれいけべのなみつきのみや)周辺に祀られていたとも言われています。 -

奈良市月ヶ瀬梅の資料館(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
奈良市月ヶ瀬梅の資料館がある月ヶ瀬では南北朝時代頃から紅花染めの烏梅(うばい)を生産する為に梅の栽培が盛んになり、江戸時代に約10万本の梅の木が植えられていたと言われています。 -

奈良奉行(ならぶぎょう)と若草山焼き
奈良奉行と若草山焼きを紹介。奈良奉行は江戸時代から若草山焼きに関りがあり、現在も御神火を運ぶ聖火行列で奈良奉行所役人が雅楽道楽・僧兵・金峯山寺法螺衆などとともに飛火野・水谷神社・野上神社・若草山の順に練り歩きます。 -

興福寺南大門跡(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
南大門跡の般若の芝では例年5月に薪御能の南大門の儀が行われます。薪御能は平安時代中期に興福寺で行われていた修二会(しゅにえ)の舞楽が起源とされ、現在は金春流・大蔵流・金剛流・観世流・宝生流が奉仕しています。 -

春日大社影向の松(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
影向の松は「教訓抄(きょうくんしょう)」によると能舞台の鏡板に描かれている老松の絵のルーツ(起源)と記しています。松は芸能の神の依代(よりしろ)とされ、春日大明神のお好みの松が影向の松だったと言われています。 -

奈良奉行(ならぶぎょう)と春日若宮おん祭
奈良奉行と春日若宮おん祭を紹介。奈良奉行は江戸時代に春日若宮おん祭を差配し、槍持ちや馬の費用などを畿内の大名や江戸幕府の幕僚に石高に応じて振り分け、奈良奉行所は大宿所の費用として200両を負担しました。 -

春日若宮おん祭お渡り式ルート・マップ(2026年12月17日)
お渡り式では奈良県庁前・登大路園地を出発し、大宮通を西に向かい、油阪で90度方向転換し、JR奈良駅前でも90度方向転換し、三条通を東に向かい、春日大社の参道沿いにある若宮神社お旅所ままで練り歩きます。 -

興福寺(こうふくじ)と春日若宮おん祭
興福寺と春日若宮おん祭を紹介。春日若宮おん祭は「大乗院日記目録」によると1136年(保延2年)に朝廷が大和国の国司支配の復活を目指し、関白・藤原忠通が大和国の検地を実施しようとした際、興福寺が大和国の支配継続の勝訴を願って始めたとも言われています。 -

豊臣秀長(とよとみひでなが)と春日若宮おん祭
豊臣秀長と春日若宮おん祭を紹介。豊臣秀長は春日若宮おん祭を取り仕切る施主になり、願主人を抱えて春日若宮おん祭を事実上先導するようになりました。豊臣秀長は影向の松付近の松の下に仮屋を建て、お渡り式を見分しました。 -

関白・藤原忠通(ふじわらのただみち)と春日若宮おん祭
関白・藤原忠通と春日若宮おん祭を紹介。関白・藤原忠通は1136年(保延2年)に五穀豊穣・万民安楽を祈願する為、春日若宮おん祭を始めたと言われています。春日若宮おん祭は創始以来、一度も途切れることなく、現在まで続けられています。
















