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過去の記事一覧
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耳成山口神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
耳成山口神社が中腹に祀られている耳成山は天香久山・畝傍山とともに大和三山に数えらています。耳成山は瀬戸内火山帯に属する独立峰で、中新世に噴出した火山岩が侵食され、現在の円錐型の美しい姿になったと言われています。 -

保寿院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
保寿院は建立されている地名・膳夫(かしわて)は古代に天皇の食事を用意した膳夫氏がこの地に住んでいたことに由来するとも言われています。また古くは食器の代わりに木の葉を使用していたことに由来するとも言われています。 -

大官大寺跡(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
大官大寺の前身である熊凝精舎を建立した聖徳太子は用明天皇の皇子として生まれ、叔母・推古天皇が即位すると皇太子・摂政になって補佐し、冠位十二階・十七条憲法を制定したり、法隆寺(斑鳩寺)など聖徳太子建立七大寺を創建しました。 -

橿原森林遊苑(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
橿原森林遊苑や橿原神宮がある場所は天香久山(あまのかぐやま)・耳成山(みみなしやま)とともに大和三山に数えられる畝傍山(うねびやま)東麓で、初代・神武天皇の宮・畝傍橿原宮(うねびのかしはらのみや)があったとされています。 -

善福寺・梅川忠兵衛の供養碑(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
梅川忠兵衛の供養碑ゆかりの近松門左衛門は江戸時代中期を代表する浄瑠璃・歌舞伎作者で、忠兵衛と梅川が登場する「冥途の飛脚」だけでなく、「曽根崎心中」・「国性爺合戦」・「心中天網島」などの作品を生み出しました。 -

山本大師惠泉寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
惠泉寺ゆかりの弘法大師・空海は774年(宝亀5年)に父・佐伯直田公と母・阿刀大足の妹の間に生まれ、その後上京して叔父・阿刀大足のもとで学び、、804年(延暦23年)に遣唐使として唐に渡り、真言密教を日本に伝え、真言宗の宗祖になりました。 -

大窪寺跡・国源寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
大窪寺は伽藍配置が明確ではないが、塔心礎と伝えられる礎石などから国源寺の本堂周辺に大窪寺の金堂(本堂)が建立されていたとも言われています。ちなみに単弁有子葉蓮華文軒丸瓦・重弧文軒平瓦などが出土しています。 -

興福寺・八釣山地蔵尊(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
八釣山地蔵尊で祀られている地蔵菩薩はお釈迦様が没し、5億7,600万年後か、56億7,000万年後に弥勒菩薩が出世成道するまでの間、無仏の五濁悪世で六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に苦しむ衆生を教化救済するとされています。 -

軽寺跡(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
軽寺の本尊であったと言われる薬師如来は菩薩時代に衆生の病気を治すなどの十二の大願を立てて如来となった東方瑠璃光浄土で説法する教主とされています。薬師如来は一般的に左手に病を癒す為の薬壷を持ち、右手に施無畏の印を結んでいます。 -

金橋神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
金橋神社の祭神である第27代・安閑天皇は536年1月25日に崩御したと言われ、大阪府羽曳野市古市にある古市高屋丘陵(ふるちのたかやのおかのみささぎ)にある墳丘長122メートルの前方後円墳・高屋築山古墳(たかやつきやまこふん)が陵所になっています。













