過去の記事一覧

  • 長岳寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    長岳寺にはかつて48もの塔頭が存在していたと言われているが、そのひとつである地蔵院の本堂・庫裏が現在庫裏(重要文化財)として残されています。なお地蔵院の本堂・庫裏は1630年(寛永7年)~1631年(寛永8年)に建立されたそうです。
  • 如意輪寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    如意輪寺には如意輪寺ゆかりの第96代・後醍醐天皇が自ら刻んだとも言われている木像が御霊殿(ごれいでん)に安置されています。なお後醍醐天皇は1336年(建武3年)に吉野に逃れて南朝を開き、1339年(延元4年)に吉野で亡くなりました。
  • 広瀬大社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    広瀬大社の砂かけ祭(2月11日)は大忌祭の御田水口祭礼に由来し、砂を雨に見たてた祈雨を祈願します。砂かけ祭では拝殿前で田植えの所作をする田人・牛と参拝者が入り乱れて、雨に見立てた砂を掛け合い、たくさん砂を掛けると豊作になると言われています。
  • 不空院

    不空院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    不空院は奈良町の芸妓から信仰され、女人救済の寺と言われました。昭和初期には新橋の名芸妓と言われた照葉(高岡智照)も駈け駆け込んで匿われ、1934年(昭和9年)に奈良・久米寺(くめでら)で出家し、1936年(昭和11年)には京都・祇王寺(ぎおうじ)に入ったそうです。
  • 福智院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    福智院を創建したと言われている玄昉は岡寺(龍蓋寺)で法相宗の祖・義淵僧正に行基・良弁などどもに学び、726年(神亀3年)に遣唐使として入唐し、735年(天平7年)には5千巻以上の経典や仏像を持って帰国したとも言われています。
  • 不退寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    不退寺の別名・業平寺の由来となった在原業平は825年(天長2年)に生まれ、蔵人・左兵衛権佐・左近衛権少将・蔵人頭などを歴任し、晩年京都・十輪寺(じゅうりんじ)に隠棲し、880年(元慶4年)5月28日に56歳で亡くなったとも言われています。
  • 仏隆寺・佛隆寺

    仏隆寺・佛隆寺(アクセス・見どころ・・・)桜名所

    仏隆寺・佛隆寺には遣唐使として唐に渡った弘法大師・空海が唐から持ち帰ったとも言われている茶臼が残されています。また空海は茶臼とともにお茶の木も唐から持ち帰って、高弟・堅恵が栽培したと言われ、仏隆寺は大和茶発祥の地ともされています。
  • 宝山寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    宝山寺は麓から奥の院まで1000段以上の階段が続き、西日本有数とも言われています。ちなみに宝山寺は1918年(大正7年)に日本最初のケーブルカーである生駒鋼索鉄道(いこまこうさくせん・近鉄生駒鋼索線)が敷設されています。
  • 柳澤神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    柳澤神社の祭神・柳澤吉保は江戸幕府5代将軍・徳川綱吉が館林藩主だった時から使え、綱吉が将軍となると1688年(元禄元年)に側用人・1694年(元禄7年)に老中格になり、1701年(元禄14年)には松平姓を許されたが、1709年(宝永6年)に綱吉が亡くなると隠居しました。
  • 興喜天満神社

    與喜天満神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    與喜天満神社が造営されている與喜山は古代大和で最初に太陽の昇る神聖な山とされ、天照大神の日本初の降臨の地とも言われているそうです。與喜天満神社の本殿の向かって左には磐座(鵝形石)が祀られています。

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