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過去の記事一覧
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郡山城跡(アクセス・見どころ・・・)桜名所
郡山城がある奈良は良質な石材が少ないとされ、郡山城の築城や改修の際には周辺の寺院の石仏・仏塔・墓石などが徴用され、石垣からは逆さ地蔵と言われる石地蔵が見つかっています。ちなみに石垣からは平城京の羅城門の礎石に使われていたとも言われる石も見つかっているそうです。 -

浄見原神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
浄見原神社の国栖奏(くずそう)はかつては翁筋と言われる家の直系の嫡男だけしか参加できなかったそうです。ちなみに国栖奏は1926年(大正15年)に宮内省雅楽部の楽長・多忠朝が整備し、舞翁2人・笛翁4人・鼓翁1人・歌翁5人で構成されています。 -

念仏寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
念仏寺は現在本尊・阿弥陀如来立像を安置する本堂(阿弥陀堂)だけが残されているが、本堂は陀々堂(だだどう)とも言われています。陀々堂は松明から飛び散る火の粉により、身を浄めて災いを焼き払う達陀(だったん)を行うことに由来しているとも言われています。 -

かぎろひの丘万葉公園(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
かぎろひの丘万葉公園の「かぎろひ(炎・陽炎)」は厳冬のよく晴れた日の出前、東の空を彩る真っ赤な陽光(曙光・しよこう)を意味するとも言われています。(諸説あり)ちなみにかぎろひは日の出の1時間ほど前頃から見ることができるそうです。 -

吉祥草寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
吉祥草寺を創建したと言われている役行者は17歳で奈良・元興寺で孔雀明王の呪法を学び、葛城山・熊野・大峯で山岳修行を続け、吉野金峯山で金剛蔵王大権現を感得し、日本古来の山岳信仰や山修行と外来の密教(仏教)などを融合させた修験道の基礎を築きました。 -

八柱神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
八柱神社の秋祭の宵宮で奉納される神事・題目立は八柱神社の祭祀を仕切る宮座(みやざ)に加入する際、成人の通過儀礼として演じられる意味合いを持っているそうです。ちなみに題目立は原則宮座入りしたかぞえ17歳の若者を中心に演じられるそうです。 -

采女神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
采女神社ゆかりの春日大社は社伝によると約1300年前に常陸国・鹿島神宮の武甕槌命(たけみかづちのみこと)を御蓋山の山頂・浮雲峰に勧請したのが起源と言われています。その後768年(神護景雲2年)左大臣・藤原永手が第48代・称徳天皇の勅命により、社殿を造営しました。 -

奈良公園(アクセス・見どころ・・・)桜名所
奈良公園内にある猿沢池(さるさわいけ)は749年(天平21年)に造られた周囲360メートルの人工池で、興福寺の放生会(ほうじょうえ)が行われていました。猿沢池には澄まず・濁らず・出ず・入らず・蛙はわかず・藻は生えず・ 魚が七分に水三分という七不思議が残されています。 -

鶯塚古墳(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
鶯塚古墳は清少納言が「枕草子」の中で「みささぎはうぐひすのみささぎ、かしはぎのみささぎ、あめのみささぎ」と記した鶯陵(うぐいすのみささぎ)とされ、1733年(享保13年)には鶯陵の顕彰碑が建てられました。ただ現在は鶯陵でないとも言われているそうです。 -

キトラ古墳(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
キトラ古墳は描かれた壁画から高松塚古墳(たかまつづかこふん)ほど唐(中国)の影響を受けていないとされ、7世紀末から8世紀初めに築造されたと言われています。ちなみに高松塚古墳は藤原京(694年(持統天皇8年)~710年(和銅3年))時代に築造されたと言われています。
















