過去の記事一覧

  • 光雲寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    光雲寺の厄除けの杉の名称は1582年(天正10年)に大和郡山城主・筒井順慶(つついじゅんけい)が織田信長の命により、越智氏の家臣・鳥屋陣羽守を攻めた際、42歳と25歳の厄年の2人の息子が杉に登って難を逃れたことに由来するそうです。
  • 龍田神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    龍田神社ゆかりの法隆寺(斑鳩寺)は第31代・用明天皇が自らの病気平癒を祈願する為に発願したが、実現しないまま亡くなり、607年(推古15年)第33代・推古天皇と用明天皇の皇子・聖徳太子が用明天皇の遺志を継いで創建し、本尊・薬師如来を安置しました。
  • 伊弉冊命神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    伊弉冊命神社の祭神・伊弉冊命(いざなぎのみこと)は日本神話によると妻・伊奘冉命(いざなみのみこと)との間に天照大神(あまてらすおおみかみ)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・速玉命(はやたまのみこと)をもうけたとされています。
  • 法起寺(Hoki-ji Temple)

    法起寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)・世界遺産

    法起寺は天平時代(729年~748年)の記録に池後尼寺(いけじりにでら)と記されていることから当初尼寺として建立されたと言われています。ちなみに法起寺は池後尼寺だけでなく、池後寺・岡本尼寺(おかもとにじ)・岡本寺とも言われました。
  • 吉田寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    吉田寺の鐘楼に吊るされている梵鐘は太平洋戦争時に供出され、戦後シベリア抑留から戻った住職が新調したそうです。梵鐘は広島に原爆が投下された8月6日午前8時15分に撞かれるそうです。なお大晦日の除夜の鐘では参拝者全員がを撞くことができるそうです。
  • 仙光寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    仙光寺ゆかりの聖徳太子は574年(敏達天皇3年)に第31代・用明天皇と皇后・穴穂部間人の皇子として生まれ、叔母にあたる推古天皇の皇太子・摂政として、内政・外交などの政治に尽力し、冠位十二階・十七条憲法を制定したり、小野妹子を遣隋使として派遣したりしました。
  • 薬隆寺八幡神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    薬隆寺八幡神社(東ノ座中)には薬隆寺(廃寺)に安置されていた地蔵菩薩・来迎阿弥陀三尊・阿弥陀如来画像などの寺宝が保存されています。また三郷町・勢谷寺(せやでら)には薬隆寺の薬師如来像が客仏として安置されているそうです。
  • 鴨都波神社

    鴨都波神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    鴨都波神社では夏祭り(7月16日)・秋季大祭の宵宮〈スポーツの日の前々日)の際、五穀豊穣・家内安全・無病息災を祈願し、ススキ提灯と言われる30基余りの提灯が氏子地域から奉納されます。なおススキ提灯献灯行事は奈良県指定無形民俗文化財に指定されています。
  • 瀧蔵神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    瀧蔵神社の権現桜には伝承が残されています。村の老人の夢枕に権現様が現れ、堂の傍に枝垂桜を植えよと告げ、枝垂桜が植えられたことから権現桜と言われるようになったそうです。ちなみに権現桜は樹齢約400年で、例年4月中旬頃に見ごろを迎えるそうです。
  • 石位寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)

    石位寺の石造浮彫伝薬師三尊像は第40代・天武天皇の妃・額田王(ぬかたのおおきみ)が願主で、念持仏だったとも言われています。石造浮彫伝薬師三尊像は715年(和銅8年)に比売朝臣額田(ひめあそんぬかた)が創建した栗原寺にあったが、栗原川の氾濫によって流されてきたと言われています。

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