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過去の記事一覧
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世尊寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
世尊寺の本尊・阿弥陀如来は伝承が残されています。「日本書紀」によると天皇から派遣された溝辺直(いけべのあたい)が河内国の茅渟海(大阪湾)から照り輝くクス(樟)の大木を引き上げ、天皇が仏師に2体の仏像を造仏させたと言われています。 -

竹林院(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
竹林院は桜本坊(さくらほんぼう)・東南院(とうなんいん)・喜蔵院(きぞういん)・龍泉寺(りゅうせんじ)とともに護持院(ごじいん)と言われ、世界遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)のひとつに登録された大峰山寺(おおみねさんじ)近くに宿坊を運営しています。 -

向原寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
向原寺に安置されている金銅観音菩薩立像は1772年(明和9年)に難波池(なんばのいけ)から頭部が発見され、体部などが補作されたが、1974年(昭和49年)に盗難の被害に遭いました。その後2010年(平成22年)にオークションに出品されていたことが分かり、向原寺が買い戻したそうです。 -

飛鳥坐神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
飛鳥座神社の宮司は代々飛鳥家が務めてきたそうです。飛鳥家は初代・太宗直比古命が第10代・崇神天皇から飛鳥直(あすかあたい)の姓を賜ったそうです。ちなみに民俗学者・国文学者の折口信夫(おりくちしのぶ)は飛鳥家の子孫さそうです。 -

光雲寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
光雲寺の厄除けの杉の名称は1582年(天正10年)に大和郡山城主・筒井順慶(つついじゅんけい)が織田信長の命により、越智氏の家臣・鳥屋陣羽守を攻めた際、42歳と25歳の厄年の2人の息子が杉に登って難を逃れたことに由来するそうです。 -

龍田神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
龍田神社ゆかりの法隆寺(斑鳩寺)は第31代・用明天皇が自らの病気平癒を祈願する為に発願したが、実現しないまま亡くなり、607年(推古15年)第33代・推古天皇と用明天皇の皇子・聖徳太子が用明天皇の遺志を継いで創建し、本尊・薬師如来を安置しました。 -

伊弉冊命神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
伊弉冊命神社の祭神・伊弉冊命(いざなぎのみこと)は日本神話によると妻・伊奘冉命(いざなみのみこと)との間に天照大神(あまてらすおおみかみ)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・速玉命(はやたまのみこと)をもうけたとされています。 -

法起寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)・世界遺産
法起寺は天平時代(729年~748年)の記録に池後尼寺(いけじりにでら)と記されていることから当初尼寺として建立されたと言われています。ちなみに法起寺は池後尼寺だけでなく、池後寺・岡本尼寺(おかもとにじ)・岡本寺とも言われました。 -

吉田寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
吉田寺の鐘楼に吊るされている梵鐘は太平洋戦争時に供出され、戦後シベリア抑留から戻った住職が新調したそうです。梵鐘は広島に原爆が投下された8月6日午前8時15分に撞かれるそうです。なお大晦日の除夜の鐘では参拝者全員がを撞くことができるそうです。 -

仙光寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
仙光寺ゆかりの聖徳太子は574年(敏達天皇3年)に第31代・用明天皇と皇后・穴穂部間人の皇子として生まれ、叔母にあたる推古天皇の皇太子・摂政として、内政・外交などの政治に尽力し、冠位十二階・十七条憲法を制定したり、小野妹子を遣隋使として派遣したりしました。














