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過去の記事一覧
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芳徳寺・芳徳禅寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
芳徳寺・芳徳禅寺を創建した柳生又右衛門宗矩は1571年(元亀2年)に父・石舟斎宗厳の五男として生まれ、1594年 (文禄3) に江戸幕府初代将軍・徳川家康に仕え、2代将軍・秀忠や3代将軍・家光に柳生新陰流を教授し、1632年(寛永9年)には総目付となって大名を監視しました。 -

率川神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
率川神社で例年6月17日に行われる例祭・三枝祭(さいくさのまつり・ゆりまつり) は大宝令にも記される古来からの祭礼で、鎮花祭に因んで悪疫除けが祈願されます。なお三枝祭では祭典後、祭神・媛蹈鞴五十鈴媛命の古事に則り、ゆりをかざした七乙女の行列が町中を歩きます。 -

手向山八幡宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
手向山八幡宮ゆかりの東大寺は728年(神亀5年)第45代・聖武天皇と光明皇后が早逝した基皇子の菩提を追修する為、東大寺初代別当・良弁僧正などの9人の僧を住まわせた若草山の山麓に設けた山房を起源とする金鍾寺(金鍾山寺)が起源と言われています。 -

吉水神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)・世界遺産
吉水神社に隠れ住んだと言われている源義経は兄・源頼朝が平家打倒の為に挙兵すると鎌倉に駆け付け、壇の浦の戦で平氏を滅ぼしたが、その後頼朝と対立して、愛妾の白拍子・静御前や弁慶とともに吉野に逃れて来たと言われています。 -

屏風杵築神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
屏風杵築神社の屏風は第31代・用明天皇の皇子・聖徳太子(厩戸皇子)を村人がもてなした際、屏風を立てて風を防いだことに由来しているそうです。屏風杵築神社の拝殿には聖徳太子をもてなした様子を描いた聖徳太子接待の絵馬が奉納されています。 -

高天彦神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
高天彦神社の「高天」は高天原(たかまがはら)に由来しているとも言われています。高天原は日本神話(古事記・こじき)で天照大神(あまてらすおおみかみ)などの八百万の神々(天津神・あまつかみ)が住んでいる天上の世界とされています。 -

国分寺(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
国分寺に安置されている十一面観音立像(重要文化財)は欅(けやき)の一木造りです。十一面観音立像は平安時代中期(10世紀から11世紀)に造仏されたと言われ、両膝に翻波式衣文(ほんぱしきえもん)が刻まれているそうです。なお十一面観音立像は通常非公開です。 -

宗我坐宗我都比古神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
宗我坐宗我都比古神社は蘇我入鹿に由来して入鹿宮とも言われています。蘇我入鹿は板蓋宮(いたぶきのみや)の第35代・皇極天皇の前で暗殺され、645年(大化元年)に中大兄皇子(第38代・天智天皇)・中臣鎌足(藤原鎌足)による大化の改新が始まりました。 -

石上神宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
石上神宮はかつて本殿はなかったが、1874年(明治6年)の大宮司・菅政友(かんまさとも)による禁足地発掘により、出土した刀(布都御魂剣)や曲玉などのご神宝を奉斎する為、1913年(大正2年)に本殿が造営されました。 -

源九郎稲荷神社(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)
源九郎稲荷神社の名称は源義経(牛若丸)が兄で、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の追っ手から逃れる際に幾度なく白狐に助けられたことから義経が源九郎の名を贈ったことに由来するそうです。ちなみに源義経は源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)と言われます。
















